この特集は、概説記事から始まり、「言語は生きるが歴史を持たない」という断言、発展と衰退の史観、独自の三段階分類と記号法、そしてボップ・ダーウィン・イェスペルセンとのつながりをたどってきた。最後に、この190年近く前の教科書を、現在の言語学の視点から採点する。

今も残っているもの

星印(*)による再建形の表記は、精読記事で見たとおり、現代の比較言語学でも標準的な記法として、日常的に使われ続けている。シュライヒャー自身が印欧祖語の形式には省略していた符号を、後続の世代がすべての再建形に一貫して付すよう洗練させ、それが今日まで生き延びた。

また、孤立語・膠着語・屈折語という三段階の言語類型論も、細部の位置づけは大きく見直されたものの、言語の形態的な特徴を大づかみに語るための語彙として、今も教科書で言及され続けている。複数の言語の全体的な文法体系を体系的に比較するという方法論の骨格も、ボップから受け継がれ、シュライヒャーを経て、現代の比較言語学にそのまま流れ込んでいる。

覆されたもの

一方で、精読記事で読んだ「言語は生きるが、人間のように行為しないので歴史を持たない」という断言は、現代の言語学からはほぼ全面的に否定されている。言語変化は、話者どうしの社会的な相互作用、権力関係、接触、選択の積み重ねという、まさに人間的な「歴史」の産物である——これが現代言語学の共通理解であり、シュライヒャーが切り離そうとした「言語の生」と「人間の歴史」は、実際には分かちがたく結びついている。

そして、イェスペルセンとの対比で見た「発展のあとの衰退」という史観も、20世紀の言語学によってはっきりと否定された。現代の言語学は、複雑な語形変化を失うことを「衰退」とは見なさない。ある機能を担う仕組みが、語形変化から語順や機能語へと形を変えて引き継がれるだけであり、そこに優劣の序列はない、というのが、現在広く共有されている立場である。

今も残っているもの 星印による再建形の表記/三段階の類型論的語彙/体系全体の比較という方法 覆されたもの 「言語は歴史を持たない」という断言/「発展のあとは衰退のみ」という史観 道具としての発明は残り、言語を「人間から切り離す」枠組みは残らなかった
190年近くのちの視点から、シュライヒャーの功績を採点する。図:ToL

七つの特集をつなぐ、最後の糸

この歴史編の特集群は、ここまでジョーンズの一つの段落、ラスクの懸賞論文、グリムの対応表、ボップの全体系比較、ミュラーの講義、イェスペルセンの総合、そして本特集のシュライヒャーと、七人の足跡をたどってきた。

シュライヒャーの物語が、この七つの中でもとりわけ鮮明に示しているのは、優れた方法論的道具(星印、体系比較)と、危うい比喩から生まれた世界観(言語は歴史を持たない、衰退史観)は、同じ一人の学者の中に同居しうるという事実である。前者は淘汰されずに今日まで生き延び、後者は次の世代、あるいはさらにその次の世代の手によって、厳しく検証され、修正されていった。一人の学者の仕事のうち、何が残り、何が残らないかを決めるのは、後続の世代による絶え間ない検証にほかならない——これが、七つの特集全体を貫く、最後の教訓である。

まとめ

判定対象
今も残る星印による再建形の表記/三段階の言語類型論的語彙/体系全体の比較という方法
覆された「言語は生きるが歴史を持たない」という断言/「発展のあとは衰退のみ」という史観
踏まえておきたい限界言語の変化を「人間から切り離された自然現象」として語る発想そのものが、のちに危険な方向へ利用された

一言でいえば——シュライヒャーが磨いた道具(星印、体系比較)は今も使われている。しかし、彼が言語に押しつけた「歴史を持たない自然物」という枠組みは、20世紀の言語学によって、人間の手に取り戻された。