特集
マックス・ミュラーの肖像写真(ルイス・キャロル撮影)

マックス・ミュラー

比較言語学を、満員の講堂の見世物に変えた男。『言語学講義』(1861/1863) を、ユピテル=ゼウスの発見から、「言語学は自然科学だ」という挑発、「グリムの法則」の名づけを経て、「アーリア人種」という誤解とミュラー自身の訂正まで読む。

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マックス・ミュラー『言語学講義』(1861/1863) を読む——言語学を、満員の講堂の見世物にした男

詩人の息子として生まれ、パリでサンスクリット語を学び、オックスフォードで『リグ・ヴェーダ』の校訂に生涯を捧げた学者。ロイヤル・インスティテューションでの一般向け講演録は版を重ねるベストセラーになり、「言語学」という分野そのものを、専門家の書斎から公衆の前に引きずり出した。

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「言語学は自然科学だ」——ミュラーの挑発を、やさしく

言語は「神のわざ」か、それとも「人間のわざ」か。ミュラーは講演の冒頭で、あえて論争を呼ぶ立場を取った。専門用語なしで、この主張の中身と、それがなぜ物議をかもしたかを追う。

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「グリムの法則」と名づけ、広めたのはミュラーだった

グリムが1822年に示した表には、まだ名前がなかった。それに「グリムの法則」という名前を与え、英語圏の公衆に広めたのは、講演の1回をまるごと捧げたミュラーだった。しかもその中身を、グリムが使えなかったサンスクリット語のデータで、さらに磨き上げてもいる。

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孤立語・膠着語・屈折語——ミュラーの言語分類を精読する

中国語はまだ「幼い」段階の言語で、アーリア語族が最も進んだ段階だ——ミュラーは、世界の言語をそう並べてみせた。『言語学講義』第1シリーズ、第8講の原文を読み、この分類の仕組みと、そこに潜む前提を確認する。

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神話は「言語の病」である——ミュラーの比較神話学

ゼウスもユピテルも、もとは「空の父」を意味する同じ一語だった——この鮮やかな発見から、ミュラーはさらに歩を進め、ギリシア神話のほとんどを「忘れられた比喩」の産物だと言い切った。当たった部分と、行き過ぎた部分の両方を読む。

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「アーリア人種」ではない——ミュラー自身が、生涯をかけて訂正しようとした誤解

ミュラーが言語の分類のために使った「アーリア」という語は、彼の意図を離れ、根拠のない人種の物語として一人歩きしていった。晩年のミュラーはこの誤用に繰り返し抗議し、はっきりと自分の言葉で否定している。その言葉と、取り返しのつかなかった被害の両方を読む。

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検証——ミュラーの講義は、百六十年後の言語学からどう見えるか

ユピテル=ゼウスの発見は今も堅実に残る。だが「言語学は自然科学だ」という挑発、語族の名づけと拡散、比較神話学、そして「アーリア人種」——それぞれの主張を一つずつ取り出し、現代の視点から採点する。

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