やさしい解説の記事で紹介した「言語は生きるが、歴史は持たない」という主張を、ここでは原文のドイツ語で読む。
脚注、たった一文の断言
シュライヒャーがこの主張を書き記したのは、本文ではなく脚注、しかもごく短い一文の中である。
die sprachen leben, wie alle naturorganismen; sie handeln nicht, wie der mensch, haben also auch keine geschichte, wofern wir dieses wort in seinem engeren und eigentlichen sinne fassen.
(諸言語は、あらゆる自然の有機体と同じように、生きる。人間のように行為するのではない。ゆえに、この語(歴史)を、その狭義かつ本来の意味で捉えるならば、諸言語は歴史をも持たない。)
注目してほしいのは、この一文が本文ではなく脚注に置かれている点である。シュライヒャー自身にとって、これは新しい発見として大々的に論証すべき主張ではなく、すでに自明の前提として、さらりと書き添えるだけで十分な事実だった。この断定口調こそが、概説記事で触れた「学生向けの実用書」という性格をよく表している。
言語を三段階に分ける、独自の記号体系
同じ序論で、シュライヒャーは言語の型を三段階に分類する体系を提示する。それぞれに、彼自身が考案した記号を当てている。
Es gibt 1. sprachen… isolierende sprachen; 2. sprachen… zusammenfügende sprachen; 3. sprachen, die die Wurzel selbst… verändern können: flectierende sprachen.
(言語には、①〔不変の意味音のみから成る〕孤立語、②〔そこに関係音を付加する〕膠着語、③〔語根そのものを変化させる〕屈折語、という三つの型がある。)
シュライヒャーは、それぞれの型に実例を添えている。孤立語の代表は中国語、膠着語の代表はフィン諸語・タタール諸語・デカン地方の諸語、そして屈折語に属することが「今のところ知られている」語族は、セム語族とインド・ゲルマン語族の二つだけだと言う。さらに、三つの型それぞれに、独自の記号を割り当てている。孤立語の不変の意味音は W、膠着語がそこに付け加える関係音は s(接尾辞)・p(接頭辞)・i(接中辞)、そして屈折語における語根の規則的な変化そのものは W’ という記号で示される。原文では、この記号を使って「もし印欧祖語の at-mi(ギリシア語 εἰμί「私はある」に対応)が i-ma や i-mi のような形だったなら、それは膠着語の段階(Ws)にとどまっていたはずだ」という具合に、仮想の比較さえ行っている。この記号は単なる説明の便宜にとどまらず、以降の章全体を貫く表記法として、繰り返し使われ続ける。
数式のような言語学
この分類のもっとも独特な点は、シュライヒャーが言語の型を、まるで化学式や物理の公式のように記号化したことにある。孤立語は W(不変の語根そのもの)、膠着語は W+s(語根に接辞が「くっついた」もの)、屈折語は W’(語根自体が規則的に変化する)——このように、言語の構造を抽象的な文字式へと還元する発想は、植物学者が生物を種・属・科に分類し、学名という記号体系で整理するやり方と、驚くほどよく似ている。
記号の裏にある序列
この記号体系は、一見すると中立的な分類のように見える。しかし、W から W+s へ、さらに W’ へという並びそのものが、単純なものから複雑なものへの「発展」の序列として提示されている点を見逃してはならない。やさしい解説の記事で見た「発展のあとの衰退」という枠組みは、この三段階分類とぴったり重なる——屈折語(セム語族・印欧語族)こそが、言語の発展の頂点に立つ、というのが、シュライヒャーの暗黙の前提なのである。
この序列づけは、19世紀の比較言語学に広く見られた発想であり、シュライヒャー一人の特異な思いつきではない。中国語のような孤立語を「もっとも単純な段階」、印欧語族やセム語族のような屈折語を「もっとも発達した段階」と位置づける枠組みは、当時のヨーロッパの学者たちの多くが、多かれ少なかれ共有していた前提だった。だからこそ、この記号の並びを読むときには、言語学的な観察と、当時の価値観が生んだ序列づけとを、切り分けて読む必要がある。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 引用①の要旨 | 言語は自然有機体として生きるが、人間のようには行為しないので「歴史」を持たない |
| 引用②の要旨 | 言語を孤立語(W)・膠着語(W+s)・屈折語(W’)の三段階に、独自の記号で分類する |
| 共通する発想 | 言語学を、植物分類のような自然科学の体系として組み立てようとする姿勢 |
一言でいえば——脚注のたった一文と、化学式のような記号体系。この二つに、シュライヒャーが言語学に持ち込んだ「自然科学化」の野心が、もっとも凝縮された形で表れている。