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アルノー & ランスロ『一般理性文法』(1660) を読む——言語のかたちは心のかたちを写す、という賭け
パリ郊外の修道院ポール・ロワイヤルで、神学者アルノーと文法教師ランスロが書いた小さな本。個別言語の慣用を並べるのではなく、あらゆる言語の背後にある「一つの理性的な文法」を、心の働きから導こうとした。品詞も、動詞の本質も、隠れた文も——すべては「概念する・判断する」という心の作用の写しである。フランス語原文とやさしい図で、その全体像を。
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言葉は、世界を別の可能性で開く。
言語とともに考えるための実験室。
パリ郊外の修道院ポール・ロワイヤルで、神学者アルノーと文法教師ランスロが書いた小さな本。個別言語の慣用を並べるのではなく、あらゆる言語の背後にある「一つの理性的な文法」を、心の働きから導こうとした。品詞も、動詞の本質も、隠れた文も——すべては「概念する・判断する」という心の作用の写しである。フランス語原文とやさしい図で、その全体像を。
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「明日、海戦が起こる」という文は、いますでに真か偽か。もしそうなら、明日のことはすべて必然で起こり、思案も準備も無意味になる。『命題論』第9章、論理学史でもっとも議論された一章。アリストテレスの答えは——選言の全体は必然、どちらの項もまだ未定。
「すべての人間は白い」と「どの人間も白くない」は、同時には真になれないが、同時に偽にはなれる。「すべての人間は白い」と「白くない人間がいる」は、必ず一方が真で一方が偽。アリストテレスが第7章で整理したこの関係が、中世論理学の「対立の四角形」になった——そして現代論理学ではその一部が崩れる。
「雨が降っている」は真か偽になる。「雨が降りますように」はどちらでもない。アリストテレスは、文のうち真偽をもつもの——主張文(アポファンティコス)——だけを論理学の対象とし、祈り・命令・問いを修辞学と詩学へ送り出す。「命題」という単位が、ここで生まれる。
「健康」は名詞、「健康である」は動詞。違いは何か。アリストテレスによれば、動詞は意味に加えて「いま在ること」——時——をいっしょに示し、つねに「何かについて言われるもの」の記号である。文を組み立てる二つの部品と、両者を結ぶ「=である」の謎を、原文から。
名詞の定義に、アリストテレスは一語を差し込む——「取り決めによって」。自然によって在る名前は一つもない。けものの鳴き声は自然に何かを表わすが、名前ではない。プラトンが保留した二択に、弟子はノモスの側で決着をつけた。それが2000年の主流になる。
プラトンが未決のまま残した「名前は自然か取り決めか」に、弟子アリストテレスは短く答えを出す——ことばは取り決めによる記号だ。そして真偽は語ではなく、語を組み合わせた「主張文」にだけ宿る。『オルガノン』第2書、14章の緻密なエッセイを、ギリシア語原文とやさしい図で。
音のまねだけでは名前は成り立たない、と認めたソクラテスは、取り決めを議論に戻す。そして自然説の核心を突く——最初の名づけ手には、手本にする名前がまだ無かった。ならば知は名前の手前にある。対話は、変わらぬ「美そのもの」へと踏み出して閉じる。
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