第2章の問いは、コミュニケーションのシステムは、どのように出現するのかである。とくに、言語の大きな特徴——信号を組み合わせて新しい意味を作ること——に注目する。
新しい信号が出現する三つの経路(表2-2、p.90)
| 経路 | しくみ | 例 |
|---|---|---|
| 儀式化 | コミュニケーションとは別の理由で、契機に伴う反応がまず進化し、それが信号になる | 縄張りのマーカーとしての尿 |
| 感覚操作 | 別の理由で強要作用がまず進化し、それに対する反応が進化する | 昆虫の婚姻贈呈 |
| 直接経路 | 発信者が、内容だけでなく「伝えている」こと自体を、相手にはっきり示す | コーヒーカップを傾けて、おかわりを頼む |
最初の二つは、自然選択が働くあらゆるコミュニケーションに当てはまる。直接経路には条件がある。発信者に社会的認知能力があり、受信者にもそれを理解する能力がある場合に限られる。
組み合わせ的信号の「ニワトリと卵」
組み合わせ的コミュニケーションとは、既存の信号を組み合わせて、新しい信号を作る仕組みである。ところが、これが自然界では稀で、しかも成立しにくい。
理由は、順序の問題にある。信号の組み合わせが役に立つには、受信者が組み合わせを理解できなければならない。けれど、受信者が理解できるようになるには、先に組み合わせが使われていなければならない。どちらが先でも、進化が始まらない(p.91前後)。
直接経路なら、抜け道がある
ここで直接経路が効いてくる。受信者は、コードを暗記していなくても、発信者の意図を推論できるからだ。本は、耳の聞こえない両親のもとに生まれ、手話に触れられなかった子ども(ホームサイナー)の例を挙げる。カレンは、口の広い瓶を指さしたあと、両手で「ひねる」動作をして見せる。大人は、この二つを合わせて、「これを開けてほしい」と推論できる(pp.91–93)。
この例で大切なのは、二つの動作の意味が、単純な足し算で決まらないことだ。大人は、文脈に照らして、カレンが何を意図しているかを判断している。組み合わせが成立したのは、意図の推論があったからである。
動物や細菌の例と比べる
本は、ほかの生物の例も検討する(pp.103–106)。
- オオハナジログエノン:二つの警戒の声を組み合わせて出すが、その反応は、二つの声の意味の合計ではない。全体で一つの慣用句のように解釈されているようだ。
- 緑膿菌:二種類の信号分子を同時にさらした実験で、反応は、それぞれ単独の場合の合成とも異なっていた。細菌の場合は、組み合わせ的な処理をしているとは言えない。
著者の結論はこうだ。組み合わせ的コミュニケーションが稀なのは、それを処理する認知能力が必要だからで、その能力は、意図明示・推論にある。逆に言えば、意図明示・推論があれば、組み合わせ的な信号は、ごく自然に出現できる(pp.106–107)。
連続説への反論
連続性仮説は、動物のコード的コミュニケーションから、言語へと少しずつ移行した、と考える。著者は、これに二つの誤りを指摘する(pp.100–102)。
- 形態の進化は連続的でも、機能の変化は不連続に起こりうる。たとえば鳥の翼は、脚から進化したのではなく、もとは熱の調節装置だった。
- 言語がコードに従って機能すると、前提してしまうこと。
したがって、言語は動物のコードの延長ではなく、コードとは別の土台——意図明示・推論——の上に生まれた、というのが本の立場である。
読むうえで
著者自身が、「これは一つの説であり、細部にはなお未解明の点がある」という態度で書いている。本文でも、実験の解釈には、留保がついている。