第4章は、ヒト以外の霊長類、とくに大型類人猿が、意図明示的にコミュニケーションするかを問う。答えは「否」である。ただし、著者はこれを断定でなく、現在のデータからの最善の判断として示す(pp.193–194)。

比較研究法とその落とし穴(4-1)

進化を調べる基本の方法は、種どうしの比較である。19世紀の言語学者ミュラーは、類人猿を人間が育てれば言語を話すか、という思考実験を使った。20世紀にはケロッグ夫妻が、息子ドナルドと一緒にチンパンジーのグアを育てたが、うまくいかなかった(pp.161–162)。

著者は、比較の落とし穴を二つ挙げる(p.165)。

  1. 信号と応答の相互依存を見落とすこと。
  2. コードの種類が違うもの(自然コードと慣習コード)を、同類として比べること。

ベルベットモンキーの警戒の声は、ヒョウ・ワシ・ヘビを区別する。これを「機能的指示」と呼ぶが、その声は生まれつきの自然コードで、言語の語のような慣習コードとは別物だ、という(pp.166–167)。

「意図的」と「意図明示的」は別(4-2)

動物のコミュニケーション研究には、信号が意図的に使われたかを調べる判断基準がある。たとえば、聞き手の存在に敏感であること、注意を引く行動をとること、繰り返しや調整、柔軟な使用、応答待ちなどである(pp.169–170)。

けれど、これらを満たしても、意図明示的とはかぎらない。第3章の「メアリーと野イチゴ」で言えば、メアリーの行動が意図的でも、それが伝達意図を表しているとはかぎらない(pp.172–173)。著者はこう整理する。意図明示的なコミュニケーションは、すべて意図的だが、意図的なコミュニケーションが、すべて意図明示的なのではない(p.174)。

大型類人猿の証拠(4-3〜4-5)

意図明示コミュニケーションには、次の四つが要る(p.174)。

ヒトの子どもは、これらを、実験で示せる。ところが、大型類人猿については、直接の実験が、ほとんど行われていない(表4-2、p.182)。本は、その理由が、方法論の困難や、否定的な結果が発表されにくいことにあると見る(pp.179–181)。

類人猿の身振りは、柔軟に使われる。けれど、その柔軟さは、連合(信号と応答の結びつき)によって説明できる(pp.183–186)。表4-3の要点は、次のとおりである。

コミュニケーションを可能にするしくみ表現力を高めるしくみ
ヒトの意図明示コミュニケーションメタ心理学(心の読み)連合
大型類人猿の身振り連合メタ心理学

つまり、二つは、しくみの主従が逆になっている(p.186)。読心についても、チンパンジーは、他者の意図や知覚は理解しているが、信念と欲求の心理学までは、明確な証拠がない、と本は述べる(p.192)。

社会脳(4-6)

では、なぜヒトだけが、意図明示コミュニケーションを持つのか。著者は社会脳仮説を採る。霊長類の脳が大きいのは、複雑な社会で、他者と関係を保つ必要があったからだ、という説である。ヒトは、体の大きさに対して脳が大きく、社会的認知が、とくに高度に発達した(pp.195–198)。この高度な社会的認知には、再帰的な読心が含まれる。

意図明示コミュニケーションの出現(4-7)

著者は、グライスの思索的な物語を紹介する(pp.199–202)。最初は、苦痛の叫びが無意識に出る。次に、叫びを制御できるようになる。やがて、相手が自分の叫びを、意図的なものと認識できるようになる。この段階的な変化が、自然な意味から、非自然的な意味(意図明示的な信号)への移行を説明する。

第5章冒頭:言語の進化へ

第5章は、言語一般(人間が言語を獲得・使用できる心のしくみ)と、個々の言語(日本語や英語のような慣習的なコード)を区別する(p.208)。個々の言語は、文化的に進化する。変化の仕方は主に二つで、メタファーと、再分析である(p.209)。

例が、英語の “be going to” である。もとは、空間移動を表す動詞表現だったが、いまは未来を表す。人が、どこかへ行く意図を持てば、そのあとに移動が起こるので、意図の表現が、未来へと転用された(pp.210–211)。意図明示・推論があるから、既存の慣習を新しい意味で使い、聞き手がそれを推論できる。これが、言語が変化する土台になる、というのが本の見方である。