序:本書の主張(pp.1–7)

序で、著者は、本書の主題を「ヒトのコミュニケーションと言語の起源と進化」とする。関わる学問は、哲学、生物学、言語学、さらに人類学、認知科学、霊長類学へ広がる。学際的な研究は生産的だが、各分野は、それぞれの方法や派閥を持つので、分野をまたぐ研究は、奨励されにくい。それでも、この二十年ほどで、状況は好転している、と著者は言う(pp.1–2)。

本書の主張を、著者は一文でこう述べる。言語の起源は、進化の上で新しいコミュニケーション様式、すなわち意図明示コミュニケーションが生まれたことの、帰結である。この様式は、ヒトの洗練された社会的認知に依存する。そしてヒトに特有のコミュニケーションが出現したことで、相互作用と使用を通じて、慣習コードが、やがて語や文法へと固定していく(p.3)。

もう一つの柱は、語用論である。語用論は、言語学の周辺として、扱われがちだった。著者は、それを、議論の中核に置く。具体例として、『オックスフォード言語進化ハンドブック』の索引を挙げる。「語用論」に充てられたのは八ページほどで、「統語論」に関連する項目は、百ページを大きく超える、という(p.4)。

構成は、第1章で意図明示コミュニケーションとは何かを説明し、第2章で、その出現の前に、何が必要かを述べる。第3〜5章で、認知、起源、個々の言語の形成を論じ、第6章で適応と進化的安定性を扱う(pp.6–7)。

「いじる」の冗談(1-1)

第1章は、BBCのラジオドラマの一場面から始まる。パーティーで、バイオリンを弾く人が、恥ずかしがりなので、「みんなが帰るまで待って、あいつを取り出して、いじってあげる」と言う。文脈では、意味は明らかだ。ところが、これが葬式なら、「あいつ」は遺体を指し、「いじる」は、別の意味に取れる。字義は同じでも、状況で、まったく別の意味になる(pp.9–10)。

本書は、いくつかの語を使い分ける。

二つは、嫌味のように、大きくずれることもある。「雨が降っている」という発言でも、話し手が伝えたいことは、「やっぱり出かけたくない」でも「傘を持ってきて」でもありうる。これが決定不十分性である。言語の字義は、話し手の意味を、決めるのに足りない(p.11)。

著者は、決定不十分性が、曖昧さや誤解のもとだが、同時に、柔軟で創造的な表現を可能にする、と言う。言語という表現力豊かな体系は、意図明示・推論コミュニケーションが出現したから、生まれた、という筋立てである(p.12)。

コードモデル(1-2)

一つ目の考え方が、コードモデルである。コミュニケーションは、情報を、コードに従って信号に変換し、経路で運び、受け手が解読すること、とみる(p.13)。二つのメタファーが、組み合わさっている。

  1. 導管メタファー:メッセージを、箱に封入して、導管で送り、相手が開封する(p.13、図1-1)。「気持ちがはっきり伝わってきた」「意味を取り出せなかった」のような日常語は、これに基づく(p.14)。
  2. 情報理論:シャノンの理論で、信号を、ノイズを含む経路で伝える。エラーをどう減らすかが問題になる(p.14、図1-2)。

コードモデルは、直観的で、動物のコミュニケーション研究の多くが、この考えを採用している(p.15)。基盤は連合である。世界のある状態が、特定の信号と結びつき、受信者は、その信号を、特定の行動と結びつける。たとえば、細菌が、濃度で仲間の数を知るクオラムセンシング、バッタ用の「辞書」、新生児が乳輪の化学信号に反応する例がある(pp.16–18)。

ただし、コードは、確率的でもよい(p.19)。また、認知的に容易とは限らない(p.20)。要点は、コードモデルでは、意味と信号の対応が、あらかじめ決まっている、ということである。

意図の表出と認識(1-3)

コードモデルでは、説明しにくい例がある。テレビ番組を、二人とも「最高だ」と思っているカップルが、パーティーで、ある友人と話す。友人が番組をけなすと、女性は、男性に向けて、頬を膨らます。頬を膨らますことに、決まった意味はない。でも、男性は、その意図を読み取る(pp.21–22)。

ここで、著者は、二種類の意図を区別する(pp.23–25)。

意図内容例(コーヒーを頼む場面)
情報意図受け手に、ある情報を、伝えたいもっとコーヒーが欲しい、と知らせたい
伝達意図情報意図を持つこと自体を、受け手に認識させたい自分が、それを伝えようとしていることを、知らせたい

コーヒーカップを、ウェイターの目を引きながら、少しわざとらしく傾ければ、両方の意図が示される。ただ傾けるだけなら、情報意図しか出ていない可能性があり、伝達意図は、伝わらない。伝達意図が示された信号は、意図明示的な信号と呼ばれる(p.25)。

これは、記事277で見た、メアリーと野イチゴの例と、同じ構造である。

意図明示・推論モデル(1-4)

二つ目の考え方が、意図明示・推論モデル(スペルベルとウィルソン)である。コミュニケーションは、発信者が、情報意図と伝達意図を、表出する(証拠を提供する)ことと、受信者が、その証拠から、意図を推論することの、二つで成り立つ(pp.27–28)。

コードモデルと、決定的に違う点を、著者は次のように整理する。

つまり、二つのコミュニケーションは、それを可能にする内的メカニズムが違う。片方は連合、もう片方はメタ心理学である(p.30)。

さらに、著者は、二つの違いを、数学と科学にたとえる(p.31–32)。数学では、演算子が正しく適用されれば、答えの正しさを、確実に知れる。科学では、証拠から、最も可能性の高い答えを、推論するしかない。コードモデルの受信者は、連合が正しく働くと、想定できる。意図明示・推論モデルの受信者は、発信者の心の状態を、証拠から推論する。そのとき、発信者の側も、受信者が、どう推論するかを、考えなければならない。

著者は、「この二つ以外に、コミュニケーションの可能性を説明する、概念的な選択肢は、いまのところ存在しない」という、他の研究者の言葉を引く(p.32)。

読むうえで

この記事は、序と第1章の前半の要約であり、例は本書の趣旨に沿って言い換えたものである。続き(1-5、1-6)は、記事285で扱う。