この記事で分かること
- 「言語が思考を決める」という説(言語決定論)は、何を主張し、何が根拠とされてきたか
- ウォーフの有名な例(「空の」ドラム缶、ホピ族の時間、エスキモーの雪の語など)を、ピンカーはどう検証したか
- 検証のあとに、何が残るか。そして、どこに留保がつくか
先に結論です。 ピンカーは、「思考は言語と同じものだ」という考えを、**「常識に反するのに、みんなが信じている」、「慣習的な不条理」**だと呼びます。この章の前半は、その根拠とされてきた、ウォーフの議論を、一つずつ検証します。結果は、ほとんどが、根拠の弱い逸話、あるいは誤りでした。一方で、ピンカー自身も、言語が思考に、弱い影響を与えることは、認めます。
出発点:オーウェルの「ニュースピーク」(pp.55–56)
第3章は、オーウェル『1984年』の付録から始まります。ニュースピークは、党員の世界観を表現するためだけでなく、ほかのあらゆる思考様式を、不可能にするための言語、とされました。たとえば、free という語は、「この犬はノミがいない」のような文でしか使えず、「政治的に自由」という意味は、概念ごと消えて、名づけようがなくなる、と。
ピンカーは、オーウェル自身の用心深さに目をつけます。「少なくとも、思考が言葉に依存する限りにおいては」と書かれている点です。**思考は、言葉に依存するのか。**この問いが、第3章全体の主題になります(p.56)。
「慣習的な不条理」(pp.57–58)
The idea that thought is the same thing as language is an example of what can be called a conventional absurdity
ToL訳 思考は言語と同じものだ、という考えは、「慣習的な不条理」と呼べるものの一例である。
ピンカーの反論は、素朴な経験に基づきます。
- 文を口にした(書いた)あとで、「言いたかったのは、これではない」と気づくことがある。そのとき、「言いたかったこと」は、言ったことと、別に存在しているはずだ。
- 聞いたり読んだりしたとき、私たちは、正確な語ではなく、要旨を覚えている。
- もし、思考が語に依存するなら、どうやって、新しい語が作れるのか。子どもは、どうやって、最初の語を学ぶのか。翻訳は、どうやって、可能なのか(p.58)。
サピアとウォーフ(pp.59–60)
仮説は、サピアとウォーフの名に結びつけられます。サピアは、ボアズの弟子で、非工業社会の人々も、複雑で妥当な世界観を持つことを示した人物です(ピンカーは、これを、20世紀の知的な重要事と評します)。サピアは、アメリカ先住民の言語で、話者が、現実の異なる側面に注意を払わされることを観察しました。たとえば、英語は、動詞に -ed をつけるかで時制に注意させる。ウィントゥ語は、知識の出どころ(見たか、聞いたか)を、動詞の接尾辞で示させる(p.59)。
この観察を、さらに推し進めたのが、ウォーフです。ハートフォード火災保険会社の検査官で、アマチュアの学者でした。ウォーフは、「私たちは、自然を、母語が敷いた線に沿って切り分ける」と書きました(pp.59–60)。
ウォーフがこの考えに至った契機として、彼は、火災予防の仕事を挙げます。
- ガソリンの蒸気で満たされた「空の(empty)」ドラム缶に、作業員がタバコを投げ込み、爆発した。
- なめし皮工場の廃液が分解してガスを出している「水の(water)」池の近くで、別の作業員が、トーチを使い、引火した。
ウォーフは、empty という語が、「中身がない」と「空っぽで何もない(inert)」の両方を意味するから、作業員は、危険に気づかなかった、と主張します(p.60)。
ピンカーの検証
しかし、ピンカーは、この例を、こう読み直します(p.60)。
- 作業員は、英語に騙されたのではない。目に騙されたのだ。ガソリンの蒸気は、見えない。蒸気が詰まったドラム缶は、見た目には、何も入っていないドラム缶と、区別がつかない。
次に、アパッチ語の例です。ウォーフは、アパッチ語の「It is a dripping spring」が、英語では「As water, or springs, whiteness moves downward」になると言い、「なんと、私たちの考え方と違うことか」と書きました(p.60)。これに、心理言語学者レネバーグとブラウンが、二つの点を指摘しました(pp.60–61)。
- ウォーフは、アパッチ人を研究していない。 実際に会ったかも怪しい。アパッチの心理についての主張は、アパッチ語の文法だけに基づく。つまり、循環論法だ。アパッチ語が違うから、考え方が違う。では、考え方が違うと、どうして分かるのか? 話し方を聞けばいい!
- ウォーフは、わざと奇妙に聞こえるよう、直訳した。 同じ文法的な根拠で、最初の文を「Clear stuff — water — is falling」と訳すことも、できる。ブラウンは、英語の「He walks」を、「As solitary masculinity, leggedness proceeds」と訳せる、と皮肉ります(p.61)。
ピンカーは、さらに、マーク・トウェインが、ドイツ語を皮肉って英語に直訳した演説(動詞を文末に回すなど)を引いて、同じ手法を使えば、ドイツ人の心も、奇妙に見えてしまう、と笑います(p.61)。
色の語(pp.61–63)
ウォーフの「万華鏡のような印象の流れ」の中で、最も目を引くのは、色でしょう。波長は連続的で、赤、黄、緑といった区切りは、物理には、ありません。言語によって、色の語の数は違います(ラテン語には、一般的な「灰色」と「茶色」がなく、ナバホ語は青と緑を一語にまとめ、ロシア語は濃い青と空色を別の語で呼ぶ)。「言語が、スペクトルに、フレットを打つのだ」というわけです(p.62)。
ところが、ピンカーは、生理学者は、色の境界に根拠を見つけている、と述べます。
- 目には、3種類の錐体があり、神経細胞は、赤と緑、青と黄、黒と白の、対比に最もよく反応するように配線されている。
- 言語が、網膜と神経節細胞を作り変えられると考えるのは、ばかげている(p.62)。
実際、世界中の人間(赤ちゃんもサルも)は、同じパレットで色を見ており、これが語彙を制約する、とピンカーは言います。言語どうしは、64色クレヨンの、焦げ茶色やターコイズのようなものでは、意見が分かれる。しかし、8色クレヨンの、消防車の赤、草の緑、レモンの黄のようなものでは、よく一致する。
- 色の語が2つしかない言語:黒と白(暗と明)。
- 3つ:黒、白、赤。
- 4つ:黒、白、赤、黄か緑のどちらか。
- 5つ:黄と緑の両方。6つ:青。7つ:茶。7つ超:紫、ピンク、オレンジ、灰色。
つまり、言語は、色の語を、決まった順で、増やしていく(p.62)。決定的な実験は、ニューギニア高地の、ダニ族でした。ダニ語は、黒白の二語だけです。心理学者ロッシュは、ダニ族が、消防車の赤を基準とした新しい色の区分のほうを、赤みがかった別の色より、早く覚えることを見出しました。「色の学び方が、言葉を決める」のであって、逆ではない(pp.62–63)。
ホピ族の時間(p.63)
ウォーフは、ホピ語には、「時間」を指す語も、文法形式も、過去・未来への言及も、ない、と書きました。ホピ族には、時間を、滑らかに流れる連続体とする概念がない、と(p.63)。
しかし、人類学者エッケハルト・マロトキが、ホピ語を詳しく研究し、ホピ語にも、時制、時間の比喩、時間の単位(日、曜日、時間帯、昨日、明日、月、月の満ち欠け、年)、時間を数える方法、「古い」「速い」「長い間」「終わった」のような語があることを示しました。ホピ族の文化には、地平線に基づく太陽暦や、儀式の日付の正確な列、日時計を使った時間管理の方法まであった、と(p.63)。ピンカーは、ウォーフの限られた、分析の悪い標本と、神秘主義への傾きが、原因だろうと言います。
「エスキモーの雪の語」という都市伝説(pp.64–65)
「エスキモーは、雪を表す語が何百とある」という話は、よく知られています。ピンカーは、**「これは、大いなるエスキモー語彙のデマだ」**と述べます。
Contrary to popular belief, the Eskimos do not have more words for snow than do speakers of English.
ToL訳 一般に信じられていることとは逆に、エスキモーは、英語の話者より多くの雪の語を持っているわけではない。
- 印刷物では、400語だの、200語だの、100語だの、48語だのと、様々に言われてきた。ある辞典では、2語。気前よく数えても、十数語。英語は、snow, sleet, slush, blizzard, avalanche, hail, hardpack, powder, flurry, dusting など、ほぼ同じくらいある(p.64)。
- 出どころは、ユピック語・イヌピアック語の話者を研究した人ではない。人類学者ラウラ・マーティンの調査では、1911年にボアズが、さりげなく「エスキモーは、雪の無関係な語根を7つ使う」と述べ、ウォーフがそれを誇張し、教科書や通俗書が、引用のたびに数を膨らませた(p.64)。
- 言語学者プルムは、このデマが、手に負えなくなった理由を、こう推測する。エスキモー文化の、あらゆる「異国的な」面と、よく合うからだ。
- また、プルムは、こう指摘します。仮に、本当に雪の語が多くても、それは、知的に興味深い事実ではない。馬の飼育者は、馬の品種、大きさ、年齢の名前を持ち、印刷業者は、フォントの名前をたくさん持つ。誰も、「印刷業者の文化では、フォントは、概念領域を分割するほど、重要だ」とは、書かない(pp.64–65)。
ピンカーは、皮肉な点を指摘します。言語相対論は、非工業社会が、ヨーロッパ人と同じくらい複雑で洗練されていることを示す運動の一部として、ボアズ学派から出てきた。ところが、このような逸話は、他の文化の心理を、風変わりで異国的に扱う、恩着せがましい態度に、訴えている、と(p.64)。
統制実験は何を示したか(pp.65–67)
逸話が空虚なら、統制実験は、どうか。ピンカーは、この35年の研究で、ほとんど何も示されていないと述べます(p.65)。
- 多くの実験は、「弱いウォーフ仮説」(言語が記憶や分類に何らかの効果を持つ)の、ありふれた版を検証している。実際に効果が出た実験もあるが、驚くほどのことではない。
- たとえば、色のチップを記憶させる実験。名前のある色のほうが、よく覚えられる。しかし、名前のない色も、かなり覚えられる。結局、被験者は、視覚的イメージと言語ラベルの二つの形で記憶していて、二つの記憶は、一つより良い、というだけのことだ(p.65)。
- 「3つの色チップのうち、2つを組にして」という課題で、被験者は、同じ名前を持つチップを組にしやすい。しかし、被験者は、「どうして、この人は、こんな課題を出すのか。まあ、これは『緑』、あれは『青』と呼べるから、組にしよう」と、考えただけかもしれない、とピンカーは言う(pp.65–66)。
唯一、劇的だったのが、言語学者アルフレッド・ブルームの研究です。英語には、反事実(事実でないと分かっていて仮定する事柄)を表す仮定法(If John were to go to the hospital, he would meet Mary)がある。中国語には、仮定法がなく、遠回しに言うしかない。ブルームは、反事実の前提を含む物語を作り、中国人とアメリカ人の学生に読ませた。アメリカ人学生の98%が、「それは実際には起きなかった」と正しく答えたが、中国人学生の正答は、**7%**にとどまった。ブルームは、中国語が、話者に、仮想の誤った世界を考えるのを、非常に難しくすると結論づけた(p.66)。
ところが、認知心理学者のアウ、高野、リューは、この結果に、納得しませんでした(p.67)。
- ブルームの物語は、ぎこちない中国語で書かれていた。
- 一部の科学物語は、本当に曖昧だった。
- 中国人の大学生は、アメリカの学生より、理系の訓練を多く受けているため、ブルーム自身が見落とした曖昧さを、よりよく見抜けた。
これらの欠陥を直すと、差は、消えました。
まとめ
- 言語決定論は、「慣習的な不条理」:思考は、言語と同じものではない。
- ウォーフの例は、検証に耐えなかった:空のドラム缶(目の錯覚)、アパッチ語(循環論法と、わざとらしい直訳)、ホピ語の時間(マロトキが反証)、エスキモーの雪(デマ)。
- 色は、生理が、語を決める:言語が、知覚を決めるのではない。
- 統制実験で、示されたのは、弱い効果にすぎない。劇的な報告(ブルーム)も、実験の欠陥を直すと、消えた。
読むうえで
- 本書は、1994年に出ました。その後、言語が知覚や認知に、限定的に影響することを示す研究が続いており、「完全に否定された」という単純な理解は、現在は、多数派ではありません。ここでの要約は、ピンカーの主張の紹介であり、現在の研究状況を述べるものではありません。(ToL の補足で、詳細は専門文献で確認してください。)
- ウォーフやブルームの原文、ホピ語、色彩語の研究は、原典を確認していません。