この記事で分かること
- 『言語本能』が何を主張する本か(一文で)
- 主張を支える証拠が、どんな種類か
- この特集の8本が、本のどこを扱うか、どこを扱っていないか
先に結論です。 スティーブン・ピンカーは、言語は、文化が発明した道具ではなく、人間の脳に備わった生物学的な能力(本能)だと主張します。クモが、巣の作り方を教わらなくても巣を張るように、人間の子どもは、文法を教わらなくても、文法を身につける。そう見ると、「なぜ子どもは話せるのか」「なぜ文法の誤りは親の真似では説明できないのか」「なぜ言語だけが壊れる病気があるのか」が、一つの筋で説明できる、というのです。
一文で言うと
本の冒頭近く(p.18)で、ピンカーは、自分の主張をこう述べます。
Language is not a cultural artifact that we learn the way we learn to tell time or how the federal government works. Instead, it is a distinct piece of the biological makeup of our brains.
ToL訳 言語は、時計の読み方や連邦政府のしくみのように学ぶ、文化の産物ではない。そうではなく、脳の生物学的な構成の、独立した一部である。
「本能」という語は、あえて選ばれています。ピンカーは、「心的器官」や「計算モジュール」とも言えるが、「instinct(本能)」のほうが、人がしゃべれるのは、クモが巣を張れるのと同じ意味だ、という感じを伝えるから、と説明します(p.18)。
どんな人に向く本か
序文で、著者は、読者を、言語好き、一般向け科学の読者、学生、専門家、一般の読者に分けて、それぞれに何を約束するかを書いています(pp.7–8)。要約すると、語源や正しい言葉遣いの本ではなく、言語を可能にする心のしくみ(認知科学)の本です。
主張を支える四種類の証拠
第1〜2章は、「言語は本能だ」と言うために、順に、次の証拠を並べます(ToL による整理)。
| 証拠 | 中身 | 読む記事 |
|---|---|---|
| ① 普遍性 | 石器時代の社会にも、複雑な文法がある | 294 |
| ② 子どもが言語を作り直す | ピジンがクレオールになる。ニカラグア手話が生まれる | 295 |
| ③ 教わっていないことを知っている | 疑問文の作り方、「-s」の一致 | 296 |
| ④ 脳と遺伝子 | 言語だけが壊れる/言語だけが残る | 297 |
第3章は、「言語が思考を決める」という常識を退けます(記事298・299)。第4章は、言語が実際にどう働くか、つまり文法が「木」の構造であることを説明します(記事300)。
チョムスキーとの関係
ピンカーは、チョムスキーの影響を、深く受けています。第1章では、チョムスキーの二つの論点(文は、ほぼ毎回、新しい組み合わせであること。子どもは、教わらずに複雑な文法を身につけること)を、導入として紹介します(p.22)。
ただし、ピンカーは、「これは、チョムスキーの物語そのものではない」と断ります。特に、進化の見方が違います。ピンカーは、言語を、目のような進化的適応として考えるのが実り多いと言い、その点を、チョムスキーの懐疑と対比しています(p.24)。この論点は、のちに、ピンカーとブルームの論文として知られ、別の記事(言語は「適応」の産物か)で、スコット=フィリップスの批判的な読みとともに取り上げています。
読むうえでの注意
- ここでの要約は、ピンカーの主張の紹介で、学界の合意ではありません。生得説は、今も議論が続いています。
- 実験や数字は、本の記述に従います。原論文までは確認していません。
- この特集の範囲は、**序と第1〜4章(pp.7–106)**です。第5章以降(語彙、音、脳、言語の変化、子どもの言語獲得の詳細、進化、言葉の規範、心の設計)は、扱っていません。