この記事で分かること
- ピジンがクレオールになる、とは、どういう現象か
- ニカラグアの手話は、どうやって「生まれた」のか
- これが、なぜ「言語は本能だ」の証拠として使われるのか。そして、どこまで確かな話か
先に結論です。 前の記事で見たとおり、「言語はどこにでもある」という事実だけでは、本能の証拠になりません。ピンカーが出す決め手は、子どもが、与えられた材料より、豊かな文法を、自分で作ってしまうという観察です。大人の不完全な入力を、子どもが、完全な文法を持つ言語に作り替える。もし言語が、親から教わるだけのものなら、こんなことは起こらないはずだ、というのです。
ピジンとクレオール(pp.32–35)
ピジンは、母語の違う人々が、実用のために作る、即席の混成語です。奴隷制の農園や契約労働の場で、互いの言葉を学ぶ機会がないまま、必要に迫られて生まれました。特徴は、植民者の言語から借りた単語の、ぶつ切りの連なりで、語順が一定せず、文法がほとんどないことです(p.33)。
ハワイでは、19世紀末の砂糖農園の好況で、中国、日本、朝鮮、ポルトガル、フィリピンなどから労働者が集められ、ピジンができました。言語学者ビッカートンが、1970年代に、初期の移民たちの話し言葉を記録しています。次は、その一例です。
Me cape buy, me check make.
ここから、聞き手は、「私はコーヒーを買った。彼は私に小切手を作った」ぐらいの意味を、文脈から補います(p.34)。単語と文脈だけが頼りで、時制も、接辞も、「誰が誰に何をしたか」を示す一貫した方法もありません。
ところが、1890年代からハワイで育った子どもたちは、まったく違う話し方をしました。
Da firs japani came ran away from japan come.
これは、「最初に来た日本人は、日本から逃げてきた」という意味の、ハワイ・クレオールの文です(p.34)。語順や、文法的な目印が標準化され、ピジンにはなかった助動詞や前置詞、関係代名詞が現れています。子どもたちは、親のピジンを、そのまま再生せず、文法の複雑さを、「それまで存在しなかった所へ」注ぎ込んだ、とピンカーは言います。
Not content to reproduce the fragmentary word strings, the children injected grammatical complexity where none existed before, resulting in a brand-new, richly expressive language.
ToL訳 子どもたちは、断片的な語の連なりを再生するだけでは満足せず、それまで文法的な複雑さがなかったところにそれを注ぎ込み、まったく新しい、表現の豊かな言語を生み出した。
この、ピジンから生まれた、子どもたちの母語がクレオールです(p.33)。
注意点
ピンカーは、ビッカートンの個別の主張は、過去に起きた出来事の再構成に依存するので、論争があると、はっきり書いています(pp.35–36)。クレオールが、無関係な言語の混合から、驚くほど似た文法を示す、というビッカートンの見方も、あくまで、ピンカーが紹介する仮説です。
ニカラグア手話:言語が生まれる現場(pp.36–37)
ピンカーは、ビッカートンの基本的な考えが、目の前で観察できる二つの自然実験によって、裏付けられていると言います。その一つが、手話です。
- 手話は、ジェスチャーやパントマイムではなく、聾者のいるところには必ず生まれる、独立した完全な言語で、音声言語と同じ種類の文法のしくみを持つ(p.36)。
- ニカラグアでは、1979年のサンディニスタ政権による教育改革までは、聾者が互いに孤立し、手話が存在しなかった。最初の聾学校が作られ、学校は、読唇と発話を教えようとして失敗した。しかし、運動場やスクールバスで、子どもたちが、自分たちの手話を作り出した(p.36)。
- 初期の子どもたちが作ったのは、ピジンに近い体系(LSN)で、使う人ごとに違い、遠回しな言い方に頼った。
- ところが、4歳前後で学校に入った子ども(ピンカーの例はマイェラ)たちは、すでにある LSN を見て育ったため、手話の流れが、より滑らかで、コンパクトになった。これは、LSN とは別の名で、ISN と呼ばれる(p.36)。
ISN は、自分で標準化していて、若い子どもは、すべて、同じように話します。動詞の語形変化に当たる文法装置(話し手の位置から聞き手の位置へ動かして、動詞に「誰から誰へ」を示す)も、LSN にはなかったのに、ISN では使われます(p.37)。
A language has been born before our eyes.
ToL訳 私たちの目の前で、一つの言語が生まれたのである。
ただし、これは、多くの子どもたちの集団的な産物です。ピンカーは、「一人の子どもが、受け取った入力に、文法の複雑さを付け足す」場面が見たい、と続けます(p.37)。
サイモンの事例(pp.37–39)
聾の両親から生まれた聾の子どもは、手話を、母語として自然に覚えます。ところが、聾者の大半は、聴者の親から生まれます。成長してから手話に出会うと、習得が難しく、母語のようにはなりません。
心理言語学者のシングルトンとニューポートは、サイモン(仮名)という9歳の聾の少年を研究しました。
- サイモンの両親は、聾ですが、手話を習ったのは、15〜16歳。その結果、手話は、不完全で、文法的な誤りが多かった(p.38)。
- サイモンは、両親の不完全な手話しか見ていないのに、両親より、はるかにうまく手話を話した。語形変化の規則を、ほぼ完璧に使い、動詞に二つの変化を、決まった順序で重ねた(p.39)。
ピンカーの解釈は、こうです。サイモンは、両親の「ノイズ」を、どうにかして遮り、両親が不規則に使っていた変化を、必須のものとして、再解釈した。両親の二種類の変化が、暗黙の論理を示していたことに、気づかなかったのに、サイモンは、その論理を読み取った、と(p.39)。ピンカーは、これを、クレオール化の例と呼びます。
これは、なぜ「本能」の証拠になるのか
ここまでの話を、ToL なりに整理すると、次のようになります。
| 観察 | 示唆すること |
|---|---|
| 子どもは、親のピジンより、複雑な文法を持つ言語を作る | 文法の複雑さは、入力にあったのではなく、子どもの側にあった |
| 聾の子どもたちは、教わらなくても、集団で手話を作る | 言語を作る傾向は、音声に限らない |
| サイモンは、親より、上手に話す | 子どもは、不規則な入力から、規則を取り出す |
ピンカーは、「並外れた創造行為は、聾やプランテーションのバベルのような、特別な状況を必要としない」と述べ、同じ種類の言語的な天才が、すべての子どもが母語を学ぶたびに働いている、と続けます(p.39)。
読むうえで
- ビッカートンの理論には、今も賛否があります。ピンカーも、「個別の主張は論争的」と認めています。
- ニカラグア手話の後の研究や、批判は、この記事では扱っていません。
- ここの観察は、**「子どもに、言語を作る能力がある」**ことを示すものです。その能力が、言語に特有か、一般的な学習能力かについては、次の記事以降(教わっていないことを知っている子ども、脳と遺伝子)の議論が必要です。