この記事で分かること

先に結論です。 前の記事は、「言語が思考を決める」という説を、退けました。では、思考は何でできているのか。ピンカーの答えは、人は、英語や中国語やアパッチ語で、考えているのではなく、「思考の言語」(mentalese、メンタリーズ)で考えている、というものです。言語を知っているとは、この思考の言語を、語の並びに翻訳し、また逆に翻訳する方法を知っていることだ、と。

People do not think in English or Chinese or Apache; they think in a language of thought.

ToL訳 人は、英語や中国語やアパッチ語で考えるのではない。思考の言語で考えるのである。

言葉なしで考える人たち(pp.67–70)

まず、言語がなくても、考えられるという事例です。

言語を持たない大人。 スーザン・シャラーの本が伝える、27歳の不法移民イルデフォンソは、メキシコの小さな村の出身で、手話も、文字も、読唇も、音声言語も、一切持っていませんでした。しかし、聡明な目をしていて、シャラーの教えで、3分で紙の上の足し算を習得し、10進法の論理も理解しました。「猫」の手話を教えられると、ヘレン・ケラーのように、物には名前があることに気づき、見知った物の手話を、次々に求めました。やがて、貧しい両親に、学校へ行きたいとせがんだ幼少期のことを、パントマイムで語れるようになりました(pp.67–68)。

ピンカーは、こうした言語を持たない人の心の生活を、深く調べることは、倫理上できない(見つけたら、まず言語を教えるべき)と断ったうえで、言語を使わずに考える他の存在を、三つ挙げます。赤ちゃん、サル、そして、「最もよい思考は、言葉なしでする」と言う、大人です。

赤ちゃん(pp.68–69)。 心理学者カレン・ウィンは、5か月の赤ちゃんが、簡単な算数ができることを示しました。赤ちゃんは、見慣れた光景に飽きて目をそらす。場面を変えると、違いに気づけば、再び興味を示す。この方法で、生後5日の赤ちゃんも、数に敏感なことが分かっています。

赤ちゃんは、衝立の後ろにある人形の数を、足し引きして追跡していた、とピンカーは言います。

サル(pp.69–70)。 ケニアのベルベットモンキーは、安定した群れで暮らし、拡大した家族が、同盟を結びます。子ザルが、他の子ザルにいじめられたとき、20分後、被害者の姉が、いじめた子の姉に、何の挑発もなしに噛みつく。この報復には、「被害者 A は B(私)に対して、加害者 C は X に対して」という類推問題を解き、「姉」のような、関係を使う必要があります。スピーカーで子ザルの悲鳴を流す実験では、メスたちは、母ザルのほうを見る。悲鳴で、子を見分けているだけでなく、その母が誰かを覚えている、ということです。

大人の創造的思考(pp.70–72)。 多くの創造的な人は、最も着想の湧く瞬間に、言葉ではなく、心の中のイメージで考える、と言います。コールリッジの「クブラ・カーン」、ファラデー、マクスウェル、テスラ、ケクレ(ベンゼン環)、ワトソンとクリック、アインシュタインは、光線に乗る自分を想像した。

心的回転の実験(pp.71–73)

イメージで考えるという内省は、本当か。心理学者シェパードとクーパーの実験が、それを、確かめました(pp.71–73)。

もし被験者が、文字を、言葉の記述(「縦の線の、上端と中ほどから、右へ線が出る」)で処理していたなら、結果は、まったく違ったはずだ、とピンカーは言います。言葉の記述なら、180度(上下逆)が、最も簡単になる。top と bottom、left と right を、入れ替えるだけだから。ところが、実際は、180度が最も遅かった(pp.72–73)。視覚的思考は、言語ではなく、回転や、拡大、移動ができる、心的なグラフィックス体系を使っている、というわけです。

「頭の中の記号」は、どうやって働くのか(pp.73–78)

では、イメージや数、親族関係、論理が、言葉に包まれずに、脳の中で表現される、とはどういうことか。20世紀前半の哲学者は、「頭の中に、絵や数がある」と考えるのは、論理的誤りだと考えました。そのような絵を見るには、**小人(ホムンクルス)**が必要で、その小人の頭の中にも、さらに小さな絵と小人が必要になるからです(p.73)。

これを、科学的に妥当にしたのが、アラン・チューリングです。ピンカーは、推論を、次のように、説明します。

「ソクラテスは人間だ。人間はすべて死ぬ。ゆえに、ソクラテスは死ぬ」という推論を、機械に、やらせてみます。

  1. 表象(representation)。 紙に、「Socrates isa man」「Every man ismortal」というインクの跡のパターンを書く。「Socrates」は、〈ソクラテス〉という概念の記号。「isa」は、〈…の一例である〉。「man」は、〈人間〉。記号の形や並びは、約束事にすぎない(星や、スマイル記号でも、よい。一貫していれば)(p.74)。
  2. プロセッサ(processor)。 小人ではなく、固定数の反射を持つ、愚かな装置。たとえば、「isa」の形に反応して、その左を見つけ、コピーする。右を見つけ、コピーする。Every の形を探して、その直後の man と、一致するか確かめる。一致したら、右の ismortal を、コピーする(pp.75–76)。
  3. 結果、紙には、「Socrates ismortal」が現れる。

装置も紙も、それ自体は、知的ではない。紙とインクと、切り抜きと、光電センサーに、すぎません。知的なのは、論理学者の規則と、装置が紙を走査・移動・印字する動作の、対応関係です。装置は、意味を知らないまま、記号の形に反応して、論理の規則をまねるだけです(p.76)。

ピンカーは、これと同じ原理が、脳でも成り立つ、と言います(p.77)。ニューロンの群が、個体(ソクラテス、アリストテレス)、関係(〜である、〜に似ている)、類(人間、犬)を、それぞれ表し、ネットワークが、一つの群の発火パターンから、別の群の発火パターンを作る。シリコンの上で、実現することもできる。これが、物理的記号系仮説、あるいは「計算論的」な心の理論です(pp.77–78)。ピンカーは、これを、「細胞説が生物学に、プレートテクトニクスが地質学に、そうであるように、認知科学の根幹だ」と位置づけます(p.78)。

ただし、守るべきルールがあります。心の中に小人はいない。のぞき見はしない。表象は、記号の配列であり、プロセッサは、固定した反射を持つ装置である。理論家が、記号を「読んで」意味を汲み取る、いわば機械仕掛けの神を、持ち込んではならない(p.78)。

英語は、なぜ、思考の媒体に向かないのか(pp.78–82)

ここまで来て、ウォーフの問いを、正確に立てられます。内部の表象は、英語の話者の頭の中では、英語に似ているのか。それとも、別の言語の形を、しているのか。ピンカーは、英語は、思考の内部媒体として、絶望的に不向きだ、と答えます(p.78)。理由は、五つあります。

問題内容例
① 曖昧性一つの語や文に、複数の思考が対応する実際に新聞に載った見出し:Child’s Stool Great for Use in Garden(stool は「腰かけ」と「便」)、Stud Tires Out、Iraqi Head Seeks Arms
② 論理的な明示性の欠如英語の文は、推論に必要な情報を、含まない「ラルフは象だ。象はアフリカに住む。象には牙がある」→「ラルフはアフリカに住み、ラルフに牙がある」。人間なら、ラルフの牙は、ラルフ自身のもので、他の象のものではない、と分かる。でも、記号を機械的にコピーする装置は、分からない
③ 共参照同じ人物が、別の語で指される「背の高い、ブロンドの、黒い靴を片方履いた男」→「その男」→「彼」。三つは、三人ではなく、同一人物。脳内では、同じものとして扱われるはずだが、英語は、そうしていない
④ 直示(deixis)文脈なしには、意味が決まらないkilled a policeman と killed the policeman(定冠詞は、すでに話題の警官を指す)。here, there, I, you, now, then も同様
⑤ 同義性同じ内容を、別の語順で表すSam sprayed paint onto the wall / Sam sprayed the wall with paint / Paint was sprayed onto the wall by Sam / The wall was sprayed with paint by Sam。4つとも、同じ出来事を表すが、語の並びは、別物。機械的な装置は、4つが同じと分からない

ピンカーは、この④の直示の例に、古い小話を使います。「結婚前に、妻と寝なかったよな?」「知らないな。彼女の旧姓は?」(p.80)。文脈なしでは、意味が決まらないことを、示す冗談です。

⑤について、ピンカーは、同じ出来事を、たとえば、〈(Sam spray paint) cause (paint go to (on wall))〉のように、英語の語に頼らず、表せるはずだと言い、これが、メンタリーズの有力な提案の一つに、近いと述べます(p.81)。

言語と思考は、目的が違う(p.81)

もう一つの理由が、目的の違いです。

ピンカーの結論(pp.81–82)

メンタリーズは、英語などの個別言語に比べて、ある面で豊かで、ある面で単純だ、とピンカーは言います。

Knowing a language, then, is knowing how to translate mentalese into strings of words and vice versa.

ToL訳 したがって、言語を知っているとは、思考の言語を語の連なりに翻訳し、またその逆を行う方法を知っていることである。

言語を持たない人や、赤ちゃん、人間以外の多くの動物も、おそらく、メンタリーズは持っています。もし、赤ちゃんに、翻訳元の思考の言語がなければ、英語を学ぶことが、何を意味するのかも、分からなくなる、とピンカーは言います。

2050年の予測

ピンカーは、ニュースピークについて、2050年の予測を述べて、章を終えます。

  1. 精神生活は、個別の言語から独立して進むので、自由や平等の概念は、名前がなくても、考えられる。
  2. 概念は、語よりはるかに多く、聞き手は、いつも寛大に補うので、既存の語は、新しい意味を得て、元の意味を取り戻すことさえある。
  3. 子どもは、与えられた入力を、そのまま再現せず、複雑な文法を作るので、ニュースピークは、おそらく一世代で、自然言語にクレオール化する。21世紀の幼児は、「ウィンストン・スミスの復讐」かもしれない。

(記事295のクレオール化の議論を、ここで、ニュースピークにも適用しているわけです。)

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