この記事で分かること

先に結論です。 ピンカーによると、文は、語が一列に並んだ「鎖」ではなく、語がまとまって句になり、その句がさらに大きな句に入る、**入れ子の「木」**です。この設計だから、同じ種類の句を、文のどこにでもはめ込め、さらに、句の中に、同じ種類の句を入れて、無限に長い文が作れます。

A sentence is not a chain but a tree.

ToL訳 文は、鎖ではなく、木である。

二つのしかけ(pp.83–85)

第4章は、「人が犬を噛んだら、ニュースになる」という、新聞業界の言い習わしから始まります。この「ニュース」を、言語が運べるのは、二つのしかけがあるから、とピンカーは言います(pp.83–84)。

① 語と意味の恣意的な対応。 ソシュールが、「記号の恣意性」と呼んだものです(記号の恣意性で、原典に当たって読めます)。dog という語は、犬のようにも、歩き方も、吠え方も似ていない。それなのに「犬」を意味するのは、英語の話者全員が、子どものとき、同じ丸暗記をしているからです。その代わり、共同体は、概念を、心から心へ、ほぼ瞬時に伝える能力を得ます。

② 語を組み合わせる規則。 ピンカーは、ここで、フンボルトの有名な言葉を引きます。言語は、「有限の媒体を、無限に使う」。Dog bites man と Man bites dog の違いは、語の順序から来ます。順序を意味に変換する規則の集まりが、生成文法です。(学校で習う「規範文法」や「文体の文法」とは、別物です。)

language “makes infinite use of finite media”(フンボルト)

フンボルトについては、エネルゲイア——言語は「物」ではなく「働き」であるを参照してください。

離散的な組み合わせシステム(pp.84–86)

文法は、自然界では珍しい、「離散的組み合わせシステム」の例です。

ピンカーは、生命と心という、最も印象的な二つのシステムが、離散的組み合わせシステムなのは、偶然ではないと言います。遺伝が離散的でなければ、進化は、起こりえなかったはずだ、と多くの生物学者が考えている、と(p.85)。

文の数は、事実上、無限(pp.85–87)

離散的組み合わせシステムの、第一の帰結が、言語の途方もない大きさです。

この「有限の媒体の、無限の使用」が、人間の脳を、ほぼすべての人工の言語装置(引っ張ると決まった台詞を言う人形、「閉めてください」と注意する車、「他のオプションは#を押してください」の自動音声)と、区別します。それらは、あらかじめ作られた、有限のリストを、使っているからです(p.87)。

文法は、認知から「自律」している(pp.87–89)

第二の帰結は、文法は、意味から独立したコードだ、ということです。文法は、語がどう結びついて意味を表せるかを決めるのであって、伝えたい意味の中身とは、独立しています。

ピンカーは、文法にかなっていないが、意味は取れる文を、いくつか挙げます。

これらは、英語の話者なら誰でも、「何か変だ」と感じます。ここでいう「文法に合わない」は、分離不定詞や懸垂分詞のような、学校文法の細かい禁止ではなく、固定したコードで解釈している結果です。コンピュータが、不適格な入力に、文句を言う(SYNTAX ERROR)のも、同じ理由です(p.88)。

逆に、意味をなさないが、文法的な文もあります。チョムスキーの有名な例が、これです。

Colorless green ideas sleep furiously.

ToL訳 色のない緑の考えが、猛烈に眠る。

意味は不合理でも、文として成立している。ピンカーは、この種のナンセンスが、文法と意味が独立していることに依存して成り立つ、と言います(エドワード・リア、マーク・トウェイン、ルイス・キャロルの「ジャバウォッキー」)。キャロルの詩の意味が分からなくても、アリスのように、「だれかが、何かを殺した、ということは分かる」。英語話者は、「何が眠ったのか。どうやって。一つが眠ったのか、複数か。どんな考えか」といった質問に、答えられます(p.89)。

語連鎖装置:一番単純な方法(pp.89–93)

では、どうすれば、語を、決まった順序で並べる、組み合わせ文法が作れるのか。一番単純なのが、語連鎖装置(word-chain device、技術名は、有限状態モデル、マルコフ・モデル)です。

ピンカーは、これが、風刺の定番の道具であることを、指摘します。マイケル・フレインの小説『ティン・メン』(王室行事の記事を作るプログラム)や、「社会科学ジャーゴン・ジェネレータ」(3列の語から、一つずつ選んで、inductive aggregating interdependence のような、もっともらしい用語を作る)などです(pp.90–91)。

語連鎖装置は、最も単純な、離散的組み合わせシステムです。たとえば、the / a / one → (happyのループ) → boy / girl / dog → eats → ice cream / hot dogs / candy という図式で、A girl eats ice cream、The happy dog eats candy、The happy happy dog eats ice cream と、無限に近い文が作れます(p.92)。電話の自動音声(数字10個の音を、7桁分、並べる)も、そうです。

これは、刺激—反応の理論(ある刺激が、語を引き起こし、その語が、次の刺激になる)と、相性がよく、心理学者の一部は、言語の本体は、巨大な語連鎖だ、と考えました(pp.92–93)。

チョムスキーによる反論(pp.93–96)

しかし、ピンカーは、近代文法研究は、チョムスキーが、語連鎖装置は、怪しいだけでなく、言語の仕組みを考える方法として、根本的に間違っていると示したときに、始まったと述べます(p.93)。三つの理由が、あります。

① 文は、遷移確率の連なりとは、別物

Colorless green ideas sleep furiously は、無意味だが、文法的です。英語のテキストで、colorless の次に green が来る確率は、ゼロです。確率の表を使って、語を一つずつ、育てていくと、英語っぽいが、英語でないものが、できます。ピンカーの例は、House to ask for is to earn our living by working towards a goal for his team in old New-York was a wonderful place wasn’t it even pleasant to talk about and laugh hard when he tells lies he should not tell me the reason why you are is evident. のような、意味不明の長い文字列です(p.93)。

ここから、二つの教訓が出ます。

② 長距離依存

チョムスキーは、語連鎖装置では、原理的に作れない文があることを、数学的に示しました。

either の後には、いつか、or が必要です。if には then。語連鎖装置は、リストの途中で、最初に何を選んだかを覚えていません(「健忘症」)。or/then のリストに着いたとき、either か if かを、思い出せない(pp.94–95)。

対策として、either…or の連鎖と、if…then の連鎖を、別々の複製として、用意すればよい? しかし、それは、同じサブネットワークが、3つ、同じ内容で必要になる、おかしな解決です。しかも、チョムスキーは、さらに踏み込んで、それぞれの文は、互いの内部に、自分自身を含めて、入れ子にできる、と示しました。

if や either の数に、原理的な限りがない以上、それぞれに、順番に対応する鎖を、複製していくと、無限の鎖が必要になり、有限の脳には、収まりません(pp.95–96)。

「Either either if either if… で始める人など、いない」と、思われるかもしれません。ピンカーは、チョムスキーが、数学者の美意識で、長距離依存という性質を示す、最も簡単な例として、either–or と if–then を使っただけだ、と説明します。

③ 日常の文にも、長距離依存は、あふれている

ピンカーの例は、父親が息子の寝室へ絵本を読みに行く、古い文法の小話です。息子は、本を見て顔をしかめ、こう尋ねます。Daddy, what did you bring that book that I don’t want to be read to out of up for? この最後の for を言うまでに、息子は、4つの依存関係を、頭に抱えていなければなりません(to be read が要求する to、that book が要求する out of、bring が要求する up、what が要求する for)(p.97)。実際の TV Guide への投書にも、4つの文法的な約束を抱えた文がありました(p.97)。語連鎖装置で、これを処理するには、依存関係の組み合わせごとに、同じ鎖を複製する必要があり、「すぐに、脳が足りなくなる」。

ここで、ピンカーは、ジョイス・キルマーの詩を引きます。「木を作れるのは、神だけ」。

句構造文法:「木」という発明(pp.97–101)

人間の文法では、文は、鎖ではなく、木です。語は、枝に分けられ、句にまとめられ、小さな句が、より大きな句に結ばれます。

The happy boy eats ice cream. で見てみましょう。

これらの規則を組み合わせると、次のような木ができます(ピンカーの図の、簡略な書き直し)。

S
├─ NP
│   ├─ det: the
│   ├─ A:   happy
│   └─ N:   boy
└─ VP
    ├─ V:  eats
    └─ NP
        └─ N: ice cream

この見えない上部構造が、語連鎖装置の問題を、すべて解消します。鍵は、木がモジュール的だということです。「NP」という記号は、コネクタのようなもので、ある句が、より大きな句の、いくつかの位置に、はめ込めるようにします。一度、句が規則で定義されたら、もう一度、定義し直す必要はなく、どこにでも差し込めます(p.99)。

のどこでも、同じ NP が使えます。主語の形容詞は名詞の前、目的語の形容詞は名詞の前、間接目的語…と、場所ごとに、別々に学ぶ必要はない(p.100)。さらに、語の意味から、独立しているので、colorless green ideas も、The girl bites the dog(ニュースになる文)も、同じ規則で作れる(p.100)。

再帰

either…or や if…then も、文の定義の中に、同じ文を含める規則で、書けます。

ある記号の、一つの実例の中に、同じ記号の別の実例を入れる。論理学者は、これを再帰(recursion)と呼びます。一つの節(ノード)が、either と or、if と then を、それぞれ、対にして保持してくれるので、長距離依存は、入れ子で処理できます(pp.100–101)。

木は、意味の「まとまり」も表す(pp.101–103)

木は、文法を、意味と結びつける役にも立ちます。語を、一列の文字列に結ぶだけでなく、関係のある語を、まとめて示せるからです。Either the girl eats ice cream or the girl eats candy で、女の子とアイスが、男の子とホットドッグが、それぞれ、まとまりをなしていることが、木では、枝として表されます(p.101)。語連鎖では、「ただ、順に並べるだけ」でした。

曖昧な文を見ると、木の働きが、よく分かります。実際に、新聞に載った例:

2つの意味は、語の結び方(木の形)が、違うから生じます。sex with Dick Cavett が、一つの枝になれば、「ディック・キャヴェットとのセックス」が、議論の対象です。with Dick Cavett が、動詞句に付けば、「ディック・キャヴェットと一緒に、議論する」(pp.102–103)。ピンカーは、グルーチョ・マルクスの冗談も、同じ原理だと言います(I once shot an elephant in my pajamas)。

品詞は、「意味の種類」ではない(pp.105–106)

学校で習う、「名詞は、ものの名前」という説明は、正しくない、とピンカーは言います。名詞には、あらゆる意味があります。

名詞意味
the destruction of the city行為
the way to San Jose経路
whiteness性質
three miles / three hours空間・時間の測定
the answer質問への答え
a meeting出来事
the square root of minus two抽象概念
He finally kicked the bucket意味なし(慣用句)

同じく、動詞も、「動作」だけではなく、心的状態(know, like)、所有(own, have)、抽象的な関係(falsify, prove)にも使えます。逆に、一つの概念(「興味を持っている」)が、名詞、動詞、形容詞、副詞のどれでも、表せます(her interest in fungi / Fungi are starting to interest her / She seems interested in fungi / Interestingly, the fungi grew…)(pp.105–106)。

したがって、**品詞は、意味の種類ではなく、チェスの駒やポーカーのチップのような、形式的な規則に従う、「札」**だ、というのが、ピンカーの要点です。

読むうえで

まとめ

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