この特集は、概説記事から始まり、馬の歯という物証、車輪ということばという物証、著者自身の方法論、そしてレンフルーとの論争をたどってきた。最後に、この2007年の本を、刊行から約20年後の視点から採点する。
8年後、まったく別の科学が同じ答えを出した
アンソニーの草原起源説は、2007年の刊行時点では、あくまで考古学の物証——骨、遺物、放射性炭素年代、そして語彙——にもとづく、一つの説得力ある仮説だった。しかし2015年、まったく別の分野から、決定的な検証が届く。古代人骨から直接DNAを取り出して解析する「古代DNA」という技術が、この年、爆発的に進歩した。
ドイツの研究チームが、ヨーロッパ各地の古代人骨69体分のゲノムを解析した結果は衝撃的だった。約4500年前、現在のドイツにあたる地域の住民の遺伝的祖先の、実に4分の3ほどが、突如としてポントス・カスピ海草原——まさにヤムナ文化の担い手たち——に由来するものへと置き換わっていたのである。これは、精読記事で読んだ「ヤムナ文化圏の爆発的拡大」が、単なる文化やことばの伝播ではなく、人々そのものの、大規模な移動だったことを、骨に刻まれたDNAという、動かしがたい証拠で裏づけるものだった。
なお残る、慎重であるべき点
もちろん、すべてが解決したわけではない。アナトリア語派がいつ、どのように分かれたのかという細部、羊毛の語彙のように年代の手がかりとして弱い証拠の扱い、そして「移動」と「言語の伝播」が実際にどこまで一致するのかという理論的な問題は、今も研究者のあいだで議論が続いている。古代DNAが示すのは「人々が移動した」という事実であって、「その人々が何語を話していたか」までを直接証明するものではない。この二つを安易に結びつけることの危うさは、別の記事でアンソニー自身が警告していたことでもある。
最後の一文
本書の結びの段落で、アンソニーはこう書いている。
There is another irony rarely appreciated: that in the invisible and fleeting sounds of our speech we preserve for a future generation of linguists many details of our present world.
(もう一つ、あまり気づかれていない皮肉がある。目に見えず、消えていく私たちの話し声の中にこそ、未来の世代の言語学者のために、今この世界についての、数多くの細部が保存されている、ということだ。)
木造の建物は焼けて初めて痕跡を残し、金属は朽ちることで布を保存する——アンソニーが本書で繰り返し語ってきた、考古学の皮肉である。そして、もっとも儚く、もっとも消えやすいはずの「話しことば」こそが、実は何千年ものちの世代にまで、驚くほど多くの情報を運び続ける。
九つの特集を結ぶ、最後の糸
この歴史編は、ここまでジョーンズの一つの段落、ラスクの懸賞論文、グリムの対応表、ボップの全体系比較、ミュラーの講義、イェスペルセンの総合、シュライヒャーの自然科学化、ブルークマンの例外への姿勢、そして本特集のアンソニーと、九人の足跡をたどってきた。
1786年、ジョーンズは、サンスクリット語・ギリシア語・ラテン語のあいだに「偶然ではありえない」類似があると気づいた。それから221年、アンソニーは、その類似を生んだ人々が、いつ、どこで、どうやって暮らし、どうやって各地へ散らばっていったのかを、馬の歯と荷車の言葉から突き止めた。言語学だけでは解けなかった問いに、考古学が答えを持ち込み、その答えを、さらに別の科学——古代DNA——が裏づける。 一つの学問分野の限界は、別の分野との対話によって、少しずつ押し広げられていく——これが、九つの特集全体を貫く、最後の教訓である。
まとめ
| 判定 | 対象 |
|---|---|
| 裏づけられたもの | 草原起源説の骨格——2015年以降の古代DNA研究が、大規模な人の移動を確認 |
| なお慎重であるべき点 | アナトリア語派の分岐の詳細、「移動」と「言語」を安易に結びつける危うさ |
| 踏まえておきたい教訓 | 一つの学問の限界は、別の学問との対話によって押し広げられる |
一言でいえば——2007年に考古学の物証だけで組み立てられた仮説は、8年後、まったく別の科学によって裏づけられた。ジョーンズから始まったこの特集群は、こうして、一つの確かな答えとともに幕を閉じる。