特集
デイヴィッド・W・アンソニーの肖像(イラスト)

デイヴィッド・W・アンソニー

1786年、ジョーンズが開いた「祖語はどこで話されていたのか」という問い。それから221年後、考古学者アンソニーが、馬の歯の摩耗痕と荷車を表すことばから、答えを突き止める。『馬・車輪・言語』(2007) を読む、歴史編最後の特集。

131

デイヴィッド・W・アンソニー『馬・車輪・言語』(2007) を読む——200年越しの問いに、考古学が答える

1786年、ジョーンズは一つの段落で「祖語」の存在を示した。それから221年後、一人の考古学者が、馬の歯と荷車の言葉から、その祖語が「どこで、いつ」話されていたかを突き止める。歴史編、最後の特集。

132

馬の歯が語る——「轡(くつわ)」の跡から、乗馬の起源を突き止める

5000年前、人類はいつ、どこで初めて馬に乗ったのか。文字記録はない。骨も曖昧な手がかりしか残さない。答えは、意外な場所にあった——馬の歯そのものである。

133

「車輪」ということばが、死んだ言語の年代を教えてくれる

祖語には「車輪」「車軸」を表すことばがあった。ところが、車輪という道具そのものは、いつ発明されたかが、考古学的にかなり正確にわかっている。単語一つが、思いがけない年代測定の道具になる。

134

精読——「事実という杭に打ち付けられた物語」——アンソニーの方法論

祖語の話し手がどんな人々だったかを物語ることは、想像力さえあれば誰にでもできる。だからこそ危険だった。アンソニーが結びの章で述べる、その危うさへの自戒のことばを、原文の英語で読む。

135

精読——「ヤムナ文化は爆発的に広がった」——祖語が分かれていった瞬間

紀元前3300年ごろ、草原地帯のある文化が、突如として広い範囲に拡大する。アンソニーは、その瞬間こそが、印欧祖語が枝分かれし始めた瞬間だったと考える。原文の英語で読む。

136

系譜と論争——ジョーンズから続く問いを継ぎ、レンフルーに挑まれる

祖語の故郷は、草原なのか、それともアナトリアなのか。考古学者コリン・レンフルーは、まったく別の答えを提示していた。ジョーンズからブルークマンまで、この特集群が読んできた問いは、こうして現代の考古学的論争へと引き継がれる。

137

判定——『馬・車輪・言語』は、古代DNA革命を経て、どう見えるか

2007年、アンソニーは考古学の物証だけで、草原起源説を組み立てた。その8年後、まったく別の科学——古代DNA解析——が、まさにその通りの大移動を裏づける。歴史編、そしてこの言語学史シリーズ全体の、最後の判定。

← ホームへ