夏目漱石『坊っちゃん』(1906年)は、江戸っ子の「おれ」が、四国・松山の中学校に数学教師として赴任する物語である。喧嘩っ早く、竹を割ったような性格の主人公が、狸(校長)、赤シャツ(教頭)、山嵐(数学主任)、うらなり(英語教師)、野だいこ(画学教師)といった同僚に囲まれ、最後には赤シャツと野だいこを殴って東京へ帰る——筋だけを追えば、痛快な勧善懲悪の物語である。
だが、この特集では、筋そのものではなく、この小説を動かしている言語の仕組みに注目する。「おれ」の江戸弁と、生徒たちの「ぞなもし」という伊予弁——この二つの言葉が、教室で、宿で、繰り返しぶつかり合う。この摩擦こそが、物語の笑いとエネルギーの、大きな部分を作り出している。
二つの言葉のぶつかり合い
「おれ」は、江戸っ子であることを、繰り返し強調する。べらんめい調で話し、巻き舌を使い、「田舎者」を見下す。一方、松山の生徒たちは、「ぞなもし」「けれ」といった、伊予弁特有の語尾を使い、「おれ」の東京言葉に、戸惑いと反発を示す。
あまり早くて分からんけれ、もちっと、ゆるゆる遣って、おくれんかな、もし。
この一言に、二つの言語が出会う瞬間が、凝縮されている。この特集では、この衝突を、7本の記事で、言語の側面から読み解いていく。
この特集の構成
| 記事 | 内容 |
|---|---|
| 1(この記事) | 全体像 |
| 2 | 江戸っ子の啖呵——「おれ」の言葉のリズムと語彙 |
| 3 | 「ぞなもし」の伊予弁——通じない教室 |
| 4 | あだ名は、どうつけられたか——命名という言語行為 |
| 5 | 清の手紙——女の文体と、老いた東京弁 |
| 6 | 精読:冒頭の一文、そのリズム |
| 7 | 判定:『坊っちゃん』の言語表現は、いまも新鮮か |
この作品と、これまでの特集とのつながり
「あだ名」というテーマは、『私の個人主義』の特集とも、実は接点がある。漱石自身が、その講演のなかで、こう語っている。
あなたがたは松山の中学と聞いてお笑いになるが、おおかた私の書いた「坊ちゃん」でもご覧になったのでしょう。「坊ちゃん」の中に赤シャツという渾名をもっている人があるが……
漱石自身が、13年後の講演で、自分の小説の登場人物のあだ名に言及しているのである。また、「あだ名」による人物造形は、三島由紀夫『文章読本』特集の固有名詞に関する記事で読んだ、固有名詞と識別の問題とも、重なる論点である。
パブリックドメインの原典
漱石は1916年に没しており、日本の著作権保護期間(没後70年)のもとで、すでにパブリックドメインである。この特集の引用は、青空文庫が公開する本文(底本「漱石全集」ちくま文庫)に拠り、原文をそのまま引用する。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 作品 | 『坊っちゃん』(1906年、『ホトトギス』初出) |
| この特集の視点 | 筋ではなく、江戸弁と伊予弁の言語的衝突に注目する |
| 著作権 | 漱石は1916年没。パブリックドメイン |
| 他特集とのつながり | あだ名というテーマで『私の個人主義』『文章読本』の両特集と接点がある |
一言でいえば——『坊っちゃん』は、江戸弁の語り手と、伊予弁の生徒たちという、二つの言葉のぶつかり合いを、笑いとエネルギーの源にした小説である。