この記事で分かること

先に結論です。 言葉の音は、時間の中でしか進めません。二つの要素を同時に口にすることはできず、必ず、前後に並びます。ソシュールは、この性質を「記号の第二の原理」と名づけ、「言語のしくみ全体がこれに依存する」と述べました。語順、文法、そして「文が曖昧になる理由」の多くが、ここから説明できます。

引用は1916年のフランス語原典(第1部 第1章 §3)から。日本語訳は ToL によります。

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「第二の原理」は、恣意性の説明のすぐあとに置かれています。冒頭の一文は短い定義です。

Le signifiant, étant de nature auditive, se déroule dans le temps seul et a les caractères qu’il emprunte au temps : a) il représente une étendue, et b) cette étendue est mesurable dans une seule dimension : c’est une ligne.

ToL訳 シニフィアンは、聴覚的な性質のものなので、時間の中でのみ展開し、時間から借りてくる性格を持つ。(a) それは広がり(étendue)を表し、(b) その広がりは、ただ一つの次元で測れる。つまり、線である。

続く段落は、この原理の重さを述べます。

Ce principe est évident, mais il semble qu’on ait toujours négligé de l’énoncer, sans doute parce qu’on l’a trouvé trop simple ; cependant il est fondamental et les conséquences en sont incalculables ; son importance est égale à celle de la première loi. Tout le mécanisme de la langue en dépend (voir p. 170). Par opposition aux signifiants visuels (signaux maritimes, etc.), qui peuvent offrir des complications simultanées sur plusieurs dimensions, les signifiants acoustiques ne disposent que de la ligne du temps ; leurs éléments se présentent l’un après l’autre ; ils forment une chaîne. Ce caractère apparaît immédiatement dès qu’on les représente par l’écriture et qu’on substitue la ligne spatiale des signes graphiques à la succession dans le temps.

ToL訳 この原理は自明だが、おそらくあまりに単純だと思われたせいで、これまで言葉にされてこなかったようだ。しかし、これは根本的であり、その帰結は計り知れない。重要さは、第一の法則(恣意性)に等しい。言語のしくみ全体が、これに依存している(原書170頁参照)。視覚的なシニフィアン(海上信号など)は、複数の次元で同時に複雑な組み合わせを示せる。それに対して、聴覚的なシニフィアンは、時間の線しか使えない。その要素は一つずつ順に現れ、連鎖(chaîne)をなす。この性格は、文字で表し、時間の中での連続を、書かれた記号の空間的な線に置き換えれば、すぐに目に見える。

解説1:「時間の線」とは、どういうことか

ソシュールが言っているのは、次のことです。

対比されるのが、視覚的なシニフィアンです。引用にある海上信号(旗の組み合わせ)は、旗の色、形、位置を、同時に使えます。地図や図表も、二次元の広がりを使えます。音声言語は、そうはいきません。

解説2:書くと、この性質が「見える」

引用の最後の一文は、文字の効用を述べています。文字では、時間の連続を、紙の上の左右(縦書きなら上下)の線に置き換えます。そのために、「言葉は連なりだ」という性質が、目で確かめられます。

日本語の例で試しましょう。「さくらがさく」を、音で聞くと、「さ・く・ら・が・さ・く」と、順に流れます。文字にすると、同じ順序が、紙の上に並んでいます。(文字と言葉の関係については、文字と言葉は別のものかで、別に読みます。)

解説3:アクセントは「重ね書き」ではない

ソシュールは、反論になりそうな例を、自分で出しています。ある音節にアクセントを置くと、同じ点に、複数の意味を持つ要素を積み重ねているように見える。しかし、それは錯覚で、音節とアクセントは、一つの発声行為にすぎない。その中に二重性はなく、あるのは、隣にあるものとの、さまざまな対立だけだ、というのです(原文の続き)。

日本語の高低アクセントで確かめられます。東京式の発音では、「はし」は、「箸」と「橋」で、高低の置き方が違います。ここで高低は、音に「付け足された別の層」ではなく、隣り合う拍との高さの関係として現れます。「高い」「低い」は、前後との比較で決まる対立です。

解説4:この原理が説明するもの

「言語のしくみ全体が依存する」という言葉は、強いものです。ここでは、日本語で確かめられる例を挙げます。

① 語順がある理由。 音が一列に並ぶ以上、語を、どの順序で並べるかを、言語は決めなければなりません。日本語は、述語(動詞など)を最後に置きます。その代わりに、助詞(「が」「を」「に」)が、前後関係に頼らず、語の役割を示します。語順が比較的自由に見えるのは、そのためです。

② 曖昧さが生まれる理由。 音の連鎖は切れ目なく続くので、どこで区切るかが、聞き手の解釈に委ねられます。有名な例が、「ここではきものをぬいでください」です。

区切り方意味
ここで/はきものを/ぬいでくださいここで、履き物を脱いでください
ここでは/きものを/ぬいでくださいここでは、着物を脱いでください

文字なら、「履き物」「着物」の違いで、はっきり分かれます。音声では、連鎖の切れ目を、聞き手が補います。

③ 先に聞いたことが、あとを決める。 「彼は昨日、駅で…」と聞いた時点で、聞き手は、続きを予測し始めます。連鎖は、前から順に処理される、という性質に基づく現象です。

解説5:当てはまらない場合はどうするか

この原理は、「聴覚的なシニフィアン」について述べたものです。引用にも、そう書かれています。では、次の場合はどう考えるべきでしょうか。

この原理を、「すべての言語の普遍法則」として使うのではなく、音声言語の記号が、どんな制約のもとにあるかを説明する道具として使うのが、安全です。

まとめ

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