この記事で分かること
- 「内的言語学」と「外的言語学」は、それぞれ何を調べるのか
- ソシュールの「チェスのたとえ」が、何の境目を示しているのか
- ある研究テーマが内的か外的かを、自分で見分ける基準
先に結論です。 ソシュールは、言語研究を二つに分けました。言語が置かれた環境や歴史(民族、政治、制度、地理など)を扱う外的言語学と、言語という体系そのものを扱う内的言語学です。境目の基準は、一つだけ。「それは、体系を変えるか」。体系が変わるなら内的、変わらないなら外的です。これを、チェスで示しました。
引用は1916年のフランス語原典(序論 第5章)から。日本語訳は ToL によります。
原文を読む
第5章の初めで、ソシュールは、外的言語学の守備範囲を、四つ挙げます(民族と文明の歴史との関係、政治史との関係、教会や学校などの制度との関係、地理的な広がりと方言への分裂)。そして、それらが重要でないとは言っていません。そのうえで、二つの研究は、方法が違うと指摘します。
La meilleure preuve en est que chacun d’eux crée une méthode distincte. La linguistique externe peut accumuler détail sur détail sans se sentir serrée dans l’étau d’un système. Par exemple, chaque auteur groupera comme il l’entend les faits relatifs à l’expansion d’une langue en dehors de son territoire ; si l’on cherche les facteurs qui ont créé une langue littéraire en face des dialectes, on pourra toujours user de la simple énumération ; si l’on ordonne les faits d’une façon plus ou moins systématique, ce sera uniquement pour les besoins de la clarté.
ToL訳 その何よりの証拠は、二つがそれぞれ、別の方法を生み出すことだ。外的言語学は、体系という万力に締めつけられる思いをすることなく、細部の上に細部を積み重ねてよい。たとえば、ある言語が自分の領土の外へ広がることについての事実は、各著者が好きなようにまとめるだろう。文章語が方言に対してどう生まれたかの要因を探すなら、いつでも、単純な列挙に頼ってよい。事実を、多少とも体系的に並べるとしても、それは、もっぱら分かりやすさのためである。
内的言語学は、そうはいきません。
Pour la linguistique interne, il en va tout autrement : elle n’admet pas une disposition quelconque ; la langue est un système qui ne connaît que son ordre propre. Une comparaison avec le jeu d’échecs le fera mieux sentir. Là, il est relativement facile de distinguer ce qui est externe de ce qui est interne : le fait qu’il a passé de Perse en Europe est d’ordre externe ; interne, au contraire, tout ce qui concerne le système et les règles. Si je remplace des pièces de bois par des pièces d’ivoire, le changement est indifférent pour le système : mais si je diminue ou augmente le nombre des pièces, ce changement-là atteint profondément la « grammaire » du jeu. Il n’en est pas moins vrai qu’une certaine attention est nécessaire pour faire des distinctions de ce genre. Ainsi dans chaque cas on posera la question de la nature du phénomène, et pour la résoudre on observera cette règle : est interne tout ce qui change le système à un degré quelconque.
ToL訳 内的言語学では、事情はまったく違う。それは、どんな並べ方も認めない。言語は、自分自身の秩序しか知らない体系である。チェスとの比較が、それをよりよく感じさせてくれる。チェスでは、外的なものと内的なものを区別するのが比較的たやすい。チェスがペルシアからヨーロッパへ渡った事実は、外的である。これに対して、内的なのは、体系と規則に関わるすべてである。木の駒を象牙の駒に取り替えても、体系にとって変化は無関係だ。しかし、駒の数を減らしたり増やしたりすれば、その変化は、ゲームの「文法」に深く及ぶ。とはいえ、この種の区別をするには、ある程度の注意が必要である。したがって、どの場合にも、現象の本性を問い、それを解くために、次の規則を守るべきである。体系を、何らかの程度で変えるものは、すべて内的である。
解説1:外的言語学は「何でもあり」の研究
ソシュールが、外的言語学について言うのは、体系に縛られず、事実を集めて、並べることができる、ということです。方法が自由、という意味です。「各著者が好きなようにまとめる」「単純な列挙でよい」という言い方は、軽んじているのではなく、対象が体系ではなく、事実の集まりだからです。
外的言語学の守備範囲を、日本語の研究に引き寄せると、次のようになります。(括弧内は ToL による例です。)
| 守備範囲(原文の四つ) | 日本語の例 |
|---|---|
| 民族・文明の歴史との関係 | 漢字の伝来が、日本語の語彙に与えた影響 |
| 政治史との関係 | 明治期の国語政策、標準語の制定 |
| 制度との関係 | 学校教育と敬語の教え方 |
| 地理的な広がり、方言への分裂 | 東西の方言の分布、琉球諸語との関係 |
ソシュールは、「外的な現象の研究は、きわめて実り多い」と明言しています。ただし、体系の理解には必須ではないと言います。
解説2:チェスのたとえを読む
チェスを、言語になぞらえた箇所です。
| 変更 | 体系への影響 | 分類 |
|---|---|---|
| ゲームがペルシアからヨーロッパへ渡った事実 | なし | 外的 |
| 駒を木から象牙に替える | なし(ゲームは同じ) | 外的 |
| 駒の数を増やす/減らす | ゲームの「文法」が変わる | 内的 |
ここで大事なのは、駒の素材は、ゲームにとって無関係だということです。木の駒でも、象牙の駒でも、動かし方の規則が同じなら、同じゲームです。逆に、駒の数を変えると、勝負の仕組みそのものが変わってしまいます。
日本語に引き寄せて、将棋で考えても同じです。(ToL による補足です。)
- 将棋が、いつ、どこから日本に伝わったか:外的。
- 駒が木製か、プラスチックか:外的。
- 駒の動き方、歩の成り方:内的。変えれば、ゲームが別物になる。
言語では、音の高低・語の並び方・活用の型のように、体系の中の関係が内的で、誰が、どこで、いつ話したかが外的です。
解説3:見分ける基準——「体系を変えるか」
引用の最後の一文が、ソシュールの基準です。
体系を、何らかの程度で変えるものは、すべて内的である。
使い方は、単純です。
- 調べたい現象を、一つ決める。
- 「これが違っていたら、言語の体系(語の価値や、語どうしの関係)は、変わるか」と問う。
- 変わるなら内的。変わらないなら外的。
たとえば、借用語です。ソシュールは、先の節で、「借用された語は、体系の中で調べるときには、借用語としては、もう数えられない」と言います。体系の中では、その語が、関係し、対立する、他の語があるだけです。日本語の「テレビ」は、英語の television から来た語ですが、日本語の体系の中では、「ラジオ」「映画」「ドラマ」といった語との関係で、価値が決まります。どこから来たかは、語の価値には、関係しません。
ただし、この基準は、慎重に使うよう、ソシュール自身が言っています。「ある程度の注意が必要」で、毎回、現象の本性を問うべきだと。
解説4:なぜ、わざわざ分けるのか
ソシュールが、分けることに、こだわる理由は、直前の議論に出てきます。「外的な事情を知らないと、体系の内部は分からない」という反論です。
- 反論:植物が、気候や土壌で変わるように、言語の体系も、外的な要因に左右される。
- ソシュールの答え:外的な研究は、実り多い。しかし、外的な事情を知らなくても、体系は調べられる。たとえば、古い言語の中には、どの民族が話していたのかも、正確には分からないものがあるが、そのことは、言語内部の変化を調べるのに、少しも妨げにならない、と。そして、二つの観点を分けることが必須で、厳密に守るほどよい、と結論します。
つまり、「外的なものは調べるな」ではなく、混ぜると、何を調べているのか、分からなくなるから、分けるのです。
解説5:自分の疑問に当てはめる
よくある疑問に、基準を当てはめてみましょう。(以下は ToL による整理です。)
| 疑問 | 分類 | 理由 |
|---|---|---|
| 「若者言葉は、いつから広まったか」 | 外的 | 広まった時期や層は、体系の外の事実 |
| 「若者言葉の『〜しがち』は、どんな文法的な型か」 | 内的 | 語の作られ方、他の語との関係を問うている |
| 「関西弁と標準語で、アクセントはどう違うか」 | 内的 | 音の体系の違いを比べている |
| 「関西弁を話す人の割合は」 | 外的 | 話者の分布という、社会の事実 |
境界の例も出ます。たとえば、「方言の分布を調べる」ことは、外的です。しかし、その方言のアクセント体系を記述することは、内的です。同じ方言を対象にしても、問いが違えば、分類が変わります。
まとめ
- 外的言語学:言語が置かれた環境や歴史。方法は自由で、事実を集めて列挙してよい。
- 内的言語学:言語という体系そのもの。体系を変えるものは、すべて内的。
- チェスで言えば、素材や歴史は外的、駒の数や規則は内的。
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