この特集は、全体像の記事から始まり、「男文字と女文字」「散文と韻文」「文章美学の史的変遷」「文章を味わう習慣」の四つの節と、精読の記事を読んできた。ここで、読んだ範囲を、まとめて振り返る。

確かめやすい観察

四つの節のうち、具体例を伴い、読者自身が確かめやすい観察は、次のものである。

三島個人のエッセイにとどまる主張

一方、実証された言語学の主張というより、三島個人の見立てとして読むべきものは、次のものである。

この章と、第一特集との一貫性

第一特集(全体像)の第五章で読んだ、「日本語には論理性が稀薄である」という見方は、この章の「男文字と女文字」の議論と、同じ土台に立っている。三島にとって、これは、単発の思いつきではなく、複数の章にまたがる、一貫した見方だった。この一貫性は、三島の文章観の特徴として、確かめる価値がある。一方で、一貫しているからといって、その見方が正しいことにはならない、という点も、あわせて確認しておきたい。

確かめやすい 七五調の生き残り/万葉集の枕詞/二葉亭四迷以後の断絶/翻訳文体の浸透 具体例が示され、読者自身で確かめられる 古典・現代の実例が、いずれも検証可能な形で引かれている エッセイにとどまる 日本語には固有の抽象概念がない/論理は男性、感情は女性/散文と韻文を区別しない 語の起源の観察は妥当でも、そこからの一般化は、三島個人の評価 第一特集・第五章の「日本語の論理性の稀薄さ」と、同じ土台 図:ToL(第220–225記事のまとめ)
第二章の、二つの採点。図:ToL

この特集の限界

一、原本のスキャンの精度により、一部の節(特に「文章を味わう習慣」)は、正確な逐語的引用が難しかった。 この記事群では、確実に読み取れた一文だけを引用とし、それ以外は要約として扱った。読み取れなかった部分に、三島の重要な論点が含まれている可能性は、否定できない。

二、パブリックドメインの古典からの引用(万葉集、源氏物語、平家物語、好色一代男など)は、三島の解釈を経由したものであり、国文学の専門的な注釈とは、照らし合わせていない。 これらの古典の、標準的な解釈との異同は、この特集では確認していない。

三、「精読」の記事で示した、二つの箇所をつなぐ読み方は、ToLによる整理である。 三島自身が、この二箇所を、明示的に一つの議論として結びつけているわけではない。

まとめ

論点判定
七五調の生き残り確かめやすい。現代の標語で実際に確認できる
万葉集の枕詞確かめやすい。具体的な原文とともに示されている
二葉亭四迷以後の断絶確かめやすい。古典の読みにくさとして、実際に確認できる
翻訳文体の浸透確かめやすい。森鷗外・横光利一の実例が示されている
抽象概念は外来のもの語源の観察は妥当。「明晰性を持てない」という結論はエッセイの域
男文字と女文字の一般化歴史的な呼び名は確認できるが、本質論への一般化は三島の見方

一言でいえば——第二章は、具体例で確かめられる、言葉の歴史の観察と、三島個人の日本語論としてのエッセイが、分かちがたく織り込まれた章だった。両方を、分けて読む必要がある。