第二章の第三節「文章美学の史的変遷」は、明治の文体改革から、三島の同時代の翻訳文体まで、約1万字で駆け抜ける節である。(ページ数は、全体像の記事で述べた版による。)

二葉亭四迷という、断絶点

節は、はっきりした宣言から始まる。

二葉亭四迷以後、われわれの文章は革命的変化を経ました。それまでの文学はすべて古典文学になってしまいました。(p.32)

三島は、明治の作家でも、樋口一葉の『たけくらべ』や、尾崎紅葉の口語体以前の文章『金色夜叉』は、もはや現代の読者には耳遠い言葉としか思われない、と言う。詩の世界でも、西洋の近代詩が輸入されていながら、老人たちは、長く「詩」といえば漢詩のことだと思っていた、というエピソードを挙げる。

三島は、井原西鶴の『好色一代男』の一節を、擬古文(徳川時代の、教養をひけらかす文体)の例として引く。(本文は、パブリックドメインの原典として、この記事では引用を控える。)

現代口語詩と、古語

三島は、詩の世界でも、同じ断絶があったと言う。アヴァンギャルドの現代詩人が、「老人に詩をやっております」と言ったばかりに、漢詩の揮毫を頼まれて困った、という話を、身近な例として紹介する。詩の世界でも、川路柳虹をはじめとする詩人たちが、口語自由詩への道を切り開いていったが、老人たちにとっては、まだまだ「詩」といえば漢詩だという意識が、根強く残っていた。

古典文学と現代文学のあいだの断絶は、散文だけでなく、詩の世界にも及んでいた、というのが、この節の前半の要点である。

現代口語文の翻訳への浸透

節の後半で、三島は、翻訳文体の歴史に移る。ドイツ観念論哲学の用語は、法律、軍事、あらゆる面にドイツ文化の深い影響を及ぼし、われわれはそれをほとんど翻訳語だと思わなくなるまで使ってきた、と三島は言う。一方、戦後は、サルトルや大江健三郎氏の文章に見えるような、フランス的な諸概念が、われわれの生活のなかに混乱しつつ満たされてきた、と三島は述べる。

三島は、大江健三郎氏の文章はサルトルの文章とおそろしいほど近いものと思われるが、大江氏の文章がサルトルの翻訳だといっているのではなく、両者の発想が近いのであろう、と断る。このような発達にともなって、フランス文学の諸概念が自由にわれわれの生活のなかにはいってきて、さらにインターナショナルな概念の混乱が加わっている、と三島は言う。

そして、横光利一の文章を、例に挙げる。

ナポレオン・ボナパルトの腹は、チュイレリーの観台の上で、折からの虹と対戦するかのやうに、巴里の半景を歪ませながら、幽かに妃の指紋のために曇つてゐた。(横光利一「ナポレオンと田虫」)

三島は、こういう文章は、いま皆さんが見られても、あきらかに翻訳調の文章と思われるであろう、われわれが日本語の文章と大いに言われたのは、新感覚派の時代の初期であった、と評する。翻訳調の文章は、いまは、ほとんど無意識の翻訳体とも呼ばれるべきものであり、われわれの感覚に新鮮にする、新しいものを加えようとする効果というものは、すべて失われてしまった、と三島は言う。

森鷗外の訳業

三島は、良い翻訳が、日本語自体を豊かにした例として、森鷗外の名を挙げる。同じ節のなかで、次の一節が引かれる(アンデルセン『即興詩人』、森鷗外訳)。

ここはわが心の故郷なり、色彩あり、形相あるは、伊太利の山河のみなり。わがあくがれの地に来たる楽しさをば、君もおもひ遣り給へ。(p.33、森鷗外訳)

三島は、鷗外の『即興詩人』のような翻訳文が、それぞれの専門家に影響したことは疑いを容れられない事実であり、名文でもって知られる翻訳文が、現代口語文そのものに影響を与えてきた、と述べる。(この前後の一節は、OCRの乱れが大きく、この記事では要旨として扱う。)

断絶 二葉亭四迷以後、それまでの文学はすべて古典文学になった 樋口一葉『たけくらべ』、尾崎紅葉『金色夜叉』も、今の読者には耳遠い 良い翻訳の例 森鷗外『即興詩人』(アンデルセン) 名文として知られ、現代口語文に影響 翻訳調の例 横光利一「ナポレオンと田虫」 新感覚派の時代。今は無意識の翻訳体に 現代口語文には、良い翻訳と、翻訳調の両方が、すでに入り込んでいる 図:ToL(第二章「文章美学の史的変遷」の流れによる)
断絶と、翻訳の浸透。図:ToL

読むうえで、確かめておきたいこと

第一に、この節の後半(翻訳文体の歴史)は、OCRの乱れが大きい箇所を含んでいる。 この記事では、乱れの大きい部分は、要旨として扱い、原文の画像で確認できた箇所(森鷗外訳、横光利一の一節)だけを、引用として示した。

第二に、「二葉亭四迷以後、それまでの文学はすべて古典文学になった」という三島の言い方は、強い断定である。 樋口一葉や尾崎紅葉が、現在まったく読まれていないわけではない。三島の評価は、1959年の、一人の作家の実感として読むのがよい。

第三に、横光利一の引用は、横光の著作権の扱いを、この記事では確認していない。 横光利一は1947年没であり、日本の現行の著作権保護期間(没後70年)のもとでは、2017年で著作権が満了している。三島の著作物のなかで引用された、横光のパブリックドメインの文章として扱った。

まとめ

論点内容
断絶二葉亭四迷以後、それまでの文学はすべて古典文学になった
詩の世界西洋近代詩の輸入後も、老人は長く「詩」を漢詩と思っていた
良い翻訳森鷗外『即興詩人』。現代口語文に影響を与えた名文
翻訳調横光利一「ナポレオンと田虫」。新感覚派の時代の翻訳調の例
現在良い翻訳と翻訳調の両方が、すでに日本語のなかに入り込んでいる

一言でいえば——三島は、二葉亭四迷を境に、日本語の文章が古典と現代に分かれたと見て、その後の一世紀を、良い翻訳と翻訳調が入り混じって、日本語を作り変えてきた歴史として読んだ。