主張文は、肯定(κατάφασις)か否定(ἀπόφασις)のどちらかだ。アリストテレスは第6章で、この二つを最小限のことばで定義する。
Κατάφασις δέ ἐστιν ἀπόφανσίς τινος κατά τινος. Ἀπόφασις δέ ἐστιν ἀπόφανσίς τινος ἀπό τινος.
肯定とは、何かを何かについて述べる主張である。否定とは、何かを何かから引き離す主張である。(ギリシア語引用の日本語訳・英訳は L/LAB による。以下同じ。)
肯定と否定が、同じ主語・同じ述語について「同じしかたで(μὴ ὁμωνύμως)」対になったとき、それを矛盾(ἀντίφασις)と呼ぶ。矛盾のペアは、必ず一方が真、一方が偽——ソフィスト的な言葉遊びを封じるため、アリストテレスは対応条件を細かく付ける。
全称と特称——四つの隅
第7章で、アリストテレスは「白い」と「人間」のような語を使って、主語の量(すべて/ある)を組み合わせる。全称(καθόλου、多くのものについて言われる)か、個別(καθ᾿ ἕκαστον、カリアスのような特定の一つ)か。
四つの隅の関係を、中世の用語でまとめるとこうなる。
- 反対(contrary):全称肯定 A と全称否定 E。同時に真にはなれないが、同時に偽にはなれる(白い人間も白くない人間もいる場合)。
- 矛盾(contradictory):対角線。A と特称否定 O、E と特称肯定 I。必ず一方だけが真になる。
- 小反対(subcontrary):特称肯定 I と特称否定 O。同時に偽にはなれない。
- 含意(subalternation):縦の辺。A が真なら I も真、E が真なら O も真。
「量詞のない文」の扱い
アリストテレスは、量詞(「すべての」「ある」)のつかない文——「人間は白い」——が扱いにくいことにも触れている。これは「白い人間がいる」に近いが、全称ではない。彼はこの「不定の(ἀδιόριστος)」文を、はっきりした位置に置かないまま先へ進む。のちの論理学は、この曖昧な項を四角形の外に置くことになる。
図になったのは、ずっと後
アリストテレス自身はこれを散文で述べただけで、四角形の図は描いていない。図式化したのは、後古代の注釈家たちだ。2世紀のアプレイウスが最初に方形の図を示し、ボエティウス(6世紀)が四隅に名を与えた。中世には、母音 A・E・I・O が四隅の呼び名として定着する(ラテン語の affirmo「私は肯定する」の A・I、nego「私は否定する」の E・O から)。「対立の四角形(square of opposition)」は、以来ずっと論理学の教科書の最初のページにある。
現代論理学では、一部が崩れる
近代の論理学(フレーゲ、ラッセル)は、この四角形をそのままは受け継がなかった。問題は存在の含みにある。「すべてのユニコーンは白い」は、ユニコーンが一頭も存在しなくても真とされる(空虚に真)。すると「A が真なら I も真」(含意)が成り立たない——「白いユニコーンがいる」は偽だからだ。同じ理由で、反対も小反対も崩れる。残るのは対角線の矛盾だけだ。だから現代の述語論理では、四角形は「矛盾の対角線」に痩せる。
とはいえ、四角形が消えたわけではない。項の論理を教える場では今も使われるし、20世紀にはブランシェやセスマが、「可能/不可能」なども加えた対立の六角形・八角形へ拡張した。アリストテレスの短い一章は、二千年以上、論理の入口の図として描かれ続けている。