特集
ヴィルヘルム・フォン・フンボルト
ソシュールより80年早い、一般言語学の源泉。遺著『言語構造の多様性について』(1836)を、エネルゲイア・内的言語形式・世界観から読む。
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← ホームへ フンボルト『言語構造の多様性について』(1836) を読む——言語は「作品」ではなく「活動」である
ソシュールより80年、サピアより85年早く、一般言語学はここから始まった。ヴィルヘルム・フォン・フンボルトが死の直前まで書き、遺著として出た大著。エネルゲイア、内的言語形式、世界観、「有限の手段の無限の使用」——本の骨格を、ドイツ語原文とやさしい図で。
エネルゲイア——言語は「物」ではなく「働き」である
辞書に載っているのは言語ではない。フンボルトによれば、言語の本体は「精神の、永遠に繰り返される労働」——話すという行為そのものだ。『多様性』のいちばん有名な一節を、ドイツ語原文から。
内的言語形式——言語の「かたち」は音でも規則でもない
サンスクリットで象は「二度飲む者」「二本の牙のもの」「手を持つもの」。同じ対象なのに、別々の概念だ。言語は対象そのものではなく、対象の捉え方を表す——フンボルトの「形式」を、原文から。
世界観——言語は民族のまわりに円を描く
「どの言語も、それが属する民族のまわりに一つの円を描く」。だがフンボルトは、その円は牢獄ではない、外国語を学ぶとは新しい立脚点を得ることだ、とも書いた。言語相対論の源流を、原文から。
有限の手段の無限の使用——生成文法の源流
限られた音・語・規則から、話し手は一度も言われたことのない文を無限に作る。1966年、チョムスキーはフンボルトのこの一句を掲げて「言語の創造的側面」を語った。何が受け継がれ、何が落とされたか。
思考を形づくる器官、対話に宿ることば
語は対象の写しではなく、対象が心に産んだ「像」の写しである。そして言語は、一人では成り立たない——「私」は「君」を含んでいる。フンボルトの、言語と思考、言語と他者の話。
言語類型と「序列」の問題——フンボルトからサピアへ
孤立語・膠着語・屈折語・抱合語。言語を構造で分けるこの見取り図はフンボルトに始まる。だが彼は屈折語を頂点に置いた。その序列を、20世紀のサピアがどう解体したか。