夏目漱石の日本語
「智に働けば角が立つ」という短い対句と、「霊台方寸のカメラ」という密度の高い漢語。「だ・である」と「であります」。江戸弁と伊予弁。漱石一人のなかにある、日本語の幅の広さを分析する。
夏目漱石の日本語——近代日本語が形になっていく現場
「智に働けば角が立つ。」短い対句と、密度の高い漢語。江戸弁と伊予弁。猫の尊大な一人称。漱石の文章には、近代日本語がまだ固まりきっていなかった時代の、さまざまな要素が同居している。彼の日本語がいかなるものかを、7本の記事で分析する。
「智に働けば角が立つ」——短い対句が作る、思考のリズム
四つの短い句が、同じ形を繰り返しながら、少しずつ意味をずらしていく。『草枕』の冒頭は、なぜこれほど記憶に残るのか。対句という、漢文由来の技法が、日本語の思考のリズムをどう作るかを読む。
漢語と和語、二つの語彙——漱石は、どちらも手放さなかった
「智に働けば角が立つ」は、ほぼ和語で出来ている。だが数段落先では、「霊台方寸のカメラに澆季溷濁の俗界を」という、極端に漢語の濃い一文が現れる。漱石が、二つの語彙を、どう使い分けていたかを読む。
だ、である、であります——漱石が受け継ぎ、使い分けた文体
漱石が小説を書き始めたとき、話し言葉に近い文体は、すでに二葉亭四迷らによって切り拓かれていた。漱石は、その文体を受け継ぎながら、小説では「だ・である」、講演では「であります」と、場面に応じて使い分けている。
方言と俗語を、文学のなかに持ち込む——標準語だけではない日本語
「ぞなもし」を話す松山の生徒。「あきれらあ」と凄む野良猫。漱石は、対句や漢語で格調を示す一方、方言や俗語を、臆せず文学のなかに持ち込んだ。標準語という、まだ確立しきっていなかった規範の外側を、漱石がどう扱ったかを読む。
精読——『草枕』の一節、対句から密度への切り替え
対句の四句から、長く漢語の濃い一文まで。『草枕』冒頭のわずか数段落に、漱石の日本語のほぼすべての要素が詰まっている。文を一つずつ追いながら、リズムと密度がどう移り変わるかを確かめる。
判定——漱石の日本語は、近代日本語の何を作ったか
対句、漢語、方言、俗語、複数の文体。漱石が示した日本語の幅の広さのうち、確かめられることと、伝説として語られがちなことを切り分ける。「月が綺麗ですね」という、よく知られた逸話にも触れながら、6本の記事を締めくくる。