この特集の最後の精読として、『草枕』の冒頭、5つの段落を、通して読む。第2記事と第3記事で、それぞれ部分的に読んだ対句と漢語の技法が、実際には、どう連続して現れるかを確かめる。
第一段落——対句の凝縮
山路を登りながら、こう考えた。 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
短い状況説明のあと、四つの対句が、間を置かずに畳みかけられる(詳しくは、この記事)。この段落は、全体でわずか2文、80字程度に収まっている。
第二段落——結論から、展開へ
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
第一段落の結論(「住みにくい」)を受けて、そこから、「詩」「画」という、芸術の主題へと、話が展開し始める。文の長さは、第一段落の対句よりも、わずかに伸びている。まだ、リズムとしては、比較的、軽やかである。
第三段落——理屈が、積み重なっていく
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
ここでは、対句的な反復は、いったん後退し、理屈を一歩ずつ積み重ねる、論証的な文体に変わる。「神でもなければ鬼でもない」「ただの人である」「越す国はあるまい」「あれば」「なお住みにくかろう」——仮定と反論を、丁寧に連ねていく書き方である。文の数も増え、リズムは、次第に、重くなっていく。
第四段落——芸術論への飛躍
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。
「ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る」——ここでも、「ここに〜、ここに〜」という、軽い反復(対句の名残)が使われている。だが、語彙は、次第に、より格調高いものへと変わっていく。「天職」「使命」「長閑にし」「尊とい」——第一段落の平易な和語から、やや距離を置いた語彙である。
第五段落——漢語の密度、頂点へ
そして、この一節の最後に、もっとも密度の高い一文が現れる。
住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。……ただおのが住む世を、かく観じ得て、霊台方寸のカメラに澆季溷濁の俗界を清くうららかに収め得れば足る。
「霊台方寸のカメラ」「澆季溷濁の俗界」——第3記事で見た、極端に漢語の濃い表現が、ここに集中している。第一段落の、平易な対句から数えて、わずか5段落のあいだに、文章は、もっとも軽やかなリズムから、もっとも重く、難解な密度へと、階段を上るように移行している。
読むうえで、確かめておきたいこと
第一に、この「五段階」という区分は、ToLによる分析であり、漱石自身が、このような段階を意図的に設計したと明言している記録は、この記事では確認していない。
第二に、『草枕』は、漱石自身が「俳句的小説」「美文体の実験」と位置づけたとされる、特殊な作品である。 この一節で見られる、対句から漢語への急激な移行は、『草枕』という作品固有の実験である可能性が高く、漱石の他の小説(『坊っちゃん』『こころ』など)に、同じ密度で見られるとは限らない。
まとめ
| 段落 | 文体の特徴 |
|---|---|
| ① | 対句の凝縮。平易な和語中心 |
| ② | 結論から、芸術というテーマへの展開 |
| ③ | 理屈を一歩ずつ積み重ねる、論証的な文体 |
| ④ | 対句の名残を残しつつ、語彙が格調高くなっていく |
| ⑤ | 「霊台方寸のカメラ」など、漢語の密度が頂点に達する |
一言でいえば——『草枕』冒頭の五段落は、平易な対句のリズムから、もっとも密度の高い漢語の文章まで、階段を上るように移行しており、漱石の日本語が持つ、リズムと語彙の幅の広さを、一つの流れのなかで体現している。