この特集は、全体像の記事から始まり、第一章、第四章、第五・六章、第八章、附録を、順に読んできた。ここで、読んだ範囲を、まとめて振り返る。
なお、第二章、第三章、第七章は、この特集群の続く特集で、詳しく読む。この記事で言うのは、これまでに読んだ範囲のことである。
今も読める部分
読んだ範囲で、時代を超えて、読める考えは、次のようなものである。
- 読む力が、書く力の出発点になる。 精読者を導くという第一章の目的(第一章の記事)は、今も通用する考えである。
- 文章は、目的によって、技術が違う。 大蔵省での演説草稿の話が示すように、同じ日本語でも、用途によって、方法が違う。
- 一つの型を最高としない。 あらゆる様式の美しさに敏感でありたい、という態度は、文章を読むうえで、今も有効である。
- 会話の機能の違いを見る眼。 小説の会話は地の文に支えられ、戯曲の会話は状況の説明まで担う、という指摘(第四章の記事)は、文章を分析する手がかりになる。
- 文章の密度とスピードの関係。 早く書けば密度が粗くなる、という考えは、書き手の実感として読める。
時代の部分
一方、次の点は、1959年の、一人の小説家の見方として、区別して読みたい。
- 「日本語は論理性が稀薄」という見方。 第五章で、三島は、日本語の非論理的な性質を、評論の困難の理由に挙げる。一般に、言語学は、ある言語が別の言語より論理的だという見方に、慎重である。この見方は、三島の印象として読むのがよい。
- 翻訳をめぐる状況。 第六章は、日本文学の名訳がほとんどない、と述べる。その後、状況は大きく変わった(この特集では、変化の中身は確かめていない)。
- 書き方の好み。 第八章の、「彼女」を避ける、随想で「僕」を使わない、俳優の名前を出さない、といった好みは、三島個人のものである。同時代の他の書き手が、同じように考えたわけではない。
- 「格調と気品」。 第八章の結びの理想は、定義されておらず、三島の信念の表明として読むのがよい。
例の選び方に気づくこと
読んだ範囲で、気づくことがある。三島が挙げる例は、三島の好みで選ばれている。谷崎潤一郎、志賀直哉、鷗外、コクトー、ヴァレリーなど、三島が敬意を払う書き手が、繰り返し出てくる。読んだ章に限ると、例に挙がる書き手は、男性が大部分に見える。この点が、第二章から後の章でも同じかどうかは、続く特集で確かめる。
三島自身が、第一章で、自分の好みや偏見を去りたいと述べている(全体像の記事)。その言葉と、実際の例の選び方との関係は、この本を読むときの、一つの問いになる。
作品で、確かめること
この本の、もう一つの読み方は、三島自身の作品と、突き合わせることである。第八章と附録は、三島の実践を、かなり具体的に語っている。後半の作品の特集では、次の点を、実際の作品で確かめたい。
| この本の主張 | 作品で確かめること |
|---|---|
| あとから訂正しない。一枚一枚の勝負 | (これは仕事の方法であり、作品からは確かめにくい。三島の言葉として扱う) |
| 凡庸さを溶かし、平坦な文に結び目 | 実際の文章に、平坦な部分と、感覚的な結び目があるか |
| 同じ言葉を続けない。対句を好む | 語の反復を避けているか。対句の表現があるか |
| 過去形の連続に現在形を挟む | 実際に、現在形の挿入があるか |
| 「彼女」を避け、名前を繰り返す | 女性の登場人物の呼び方 |
| 会話は、波のしぶき | 地の文と会話の配分 |
この照合は、三島の言葉を信じるためではなく、言葉と実践の距離を確かめるために行う。
この特集の限界
一、読んだのは、OCRと、画像による確認である。 引用は、原文の画像で確認したが、通読は、OCRで取り出した本文による。OCRには、誤字や重複があり、細部で、読み違いが残っている可能性がある。
二、引用は、短く区切っている。 著作権が存続している本のため、引用は、各記事で、短い数箇所にとどめた。三島が例に引く作品も、著作権が存続しているものは、引用していない。
三、野口武彦の解説は、扱っていない。 解説は、別の著者の著作物であり、この特集では、成立年月の確認にだけ用いた。
四、第二・三・七章は、まだ読んでいない。 この本の約6割にあたる。この特集で述べた「本の全体像」は、続く特集で、修正される可能性がある。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 今も読める | 読む力が出発点/目的で技術が違う/一つの型を最高としない/会話の機能の違い |
| 時代の部分 | 日本語の論理性の見方/翻訳の状況/書き方の好み/「格調と気品」 |
| 例の選び方 | 三島の好みが強い。読んだ範囲では、男性の書き手が大部分に見える |
| 作品で確かめる | 結び目、反復の回避、現在形の挿入、「彼女」の扱い、会話の配分 |
| 限界 | OCRと画像による確認。短い引用。解説は扱わない。第二・三・七章は未読 |
一言でいえば——『文章読本』は、読める考えと、時代の好みが混ざった本である。その距離を確かめるために、次に、最も分量の大きい三つの章を、詳しく読む。