第四章は、三島が、小説の文章を論じる前に立ち寄る、戯曲の文章の章である。分量は約1.2万字で、この本の中では中くらいの長さだが、「文体とは何か」を考える手がかりが、多く詰まっている。(ページ数は、全体像の記事で述べた版による。)
矛盾から始める
三島は、まず、一つの矛盾を挙げる。読者は、会話のない小説は、固くて窮屈だと言い、会話を要求する。ところが、会話ばかりの戯曲は、ほとんど読みづらいと言って敬遠する。この矛盾は、何なのか(p.85–86)。
波としぶき
三島は、あるアメリカの作家から聞いた、名前を忘れた評論家の言葉を、紹介する。
小説の会話というものは、大きな波が崩れるときに白いしぶきが泡立つ、そのしぶきのようなものでなければならない。(p.86)
地の文は波であり、その波が岸で崩れるとき、会話が入る。三島は、この比喩を、たいへん美しいと思う、と述べている。
ただし、小説作法は絶対ではない、と三島は続ける。ドイツの小説は議論を会話に乱用しがちで、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の会話も、それ自体が独立した劇的な効果をもつ。日本の小説には、そのような会話の伝統は、なかった、と言う。日本の小説の会話は、多くは写実的で、地の文の辛さに、甘味を一滴二滴落とすように挿入されてきた、と三島は述べ、里見弴、久保田万太郎、舟橋聖一らの会話の巧みさに触れる(p.86–92)。
小説の会話と、戯曲の会話
次に、三島は、核心に入る。小説の中の「はい」「いいえ」と、戯曲の中の「はい」「いいえ」は、同じ片言でも、意味がまったく違う。小説には、その会話を準備する心理や情景の描写が、前か後にある。だから、読者は、安心して読める。戯曲には、そういう説明が、一切ない。読者は、いちいち想像で補わなければならない(p.93–94)。
そこで、三島は、例を作る。田舎の山の農家に、父親と、腹ちがいの二人の娘が住んでいる。この状況を、小説なら、鷗外流に、てきぱきと説明すればすむ。戯曲では、すべてを、会話で説明しなければならない。姉妹が「もう何時になったかしら」「あたし知らない」と言い合うだけで、仲の悪さを暗示し、やがて父親と母親の話をすることで、腹ちがいであることを暗示する(p.94–96)。
だから、三島は、芝居の幕開きに遅れてくる客を、「もっとも芝居を知らないお客さん」と考える。幕開きの十分ないし二十分の会話は、シチュエーションの説明として、最も重要だからである。しかも、それは、説明的に聞こえてはならない。「おい、平社員たる君が社長の俺に向って…」のような、説明的な台詞は、未熟な戯曲に見られる、悪い例だ、と三島は言う(p.96–97)。
戯曲に文体はあるのか
もう一つの問題が、戯曲の文体である。普通の会話の連続に見える戯曲に、文章というものがあるのか。三島は、「厳然としてなければならない」と答える。浄瑠璃や、河竹黙阿弥の時代は、七・五調で綴られた文章が、重んじられていた(p.97–98)。
三島は、ここで、実験をする。ゲーテの『親和力』の一節を、無理に三人の会話に分割してみる。すると、文章としての連続性はあるが、戯曲の文体とは言えない。なぜか。
戯曲の文体とは、それぞれのキャラクターを持ちながら、しかもその底に、作者の一貫したリズムが脈うっているものをいうのであります。(p.100)
戯曲の会話は、小説のように連続をなす流れではなく、それぞれの性格の現れが、海を泳ぐ海豚が、背中を見せて跳び上がるように、ちらりちらりと現れる一瞬一瞬なのだ、と三島は言う(p.100)。
さらに、どんな洗練された戯曲にも、「女中 お茶をおいれしますか」のような、くだらなく見える日常会話が入る。戯曲の文体とは、こうした日常茶飯の要請をひっくるめ、あらゆる夾雑物を含んだうえで、なおかつ作者の内的なリズムが、登場人物から登場人物へと、稲妻のように走る文章のことだ、と三島は言う(p.101–102)。
岸田国士と福田恆存
三島は、日本の戯曲で文体を確立した例として、岸田国士を挙げる。岸田の『チロルの秋』の台詞は、それ以前の誰も書かなかったもので、日本で最初の、心理的な戯曲の文体を確立し、後の「劇作派」の作家に影響を与えた、と述べる。福田恆存の『キティ颱風』は、岸田の影響を受けたようで、心理劇を超えて、日常生活の感覚のうえに現れる、思想の滓を採集した、批評的で皮肉な作品だ、と評する(p.103–107)。
歩行と舞踏
第四章は、次の結びで終わる。
つまり小説の文章を歩行の文章とすれば、戯曲の文章は舞踏する文章なのであります。(p.108)
この一文の前で、三島は、戯曲の文章を、「倒置法の乱用」や、「日本語の会話を極度に折りまげた、日本語の会話の表現力の最高度の発揮」と呼び、散文のようなしっかりした形を離れた、「融通無碍な、流動し舞踏する独特な文体」と言う。
読むうえで、確かめておきたいこと
第一に、小説の「波としぶき」は、三島自身の説ではない。 三島が、名前を忘れた評論家の言葉として紹介したものである。三島は、この比喩に賛成したうえで、小説作法は国によって違うと、自分で限定している。
第二に、この章の戯曲論は、1959年の、日本の新劇を前提にしている。 挙げられる例(岸田国士、福田恆存、久保田万太郎など)は、当時の日本の劇作家である。その後の演劇の変化は、この章の範囲外である。
第三に、「歩行」と「舞踏」という対比は、比喩であって、定義ではない。 戯曲の文体を、三島がどうとらえたかを知る手がかりとして読むのがよい。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 矛盾 | 会話のない小説は退屈、会話ばかりの戯曲は敬遠される |
| 小説の会話 | 波としぶき。地の文に会話が挿入される。前後に説明がある |
| 戯曲の会話 | 説明が一切なく、会話が状況の説明と劇の進行を担う。幕開きが重要 |
| 戯曲の文体 | それぞれのキャラクターの底に、作者の一貫したリズムが脈うつ |
| 結び | 小説の文章は歩行、戯曲の文章は舞踏 |
一言でいえば——三島は、戯曲の会話を、説明も進行も担う、小説の会話とは別種のものとして捉え、その文体を、性格の背中が水面に見え隠れする、舞踏のような文章と呼んだ。