このサイトのグリムの特集ですでに名前だけ登場していた人物がいる——フランツ・ボップ(1791–1867)。1816年、25歳のときに発表した『サンスクリット語の活用体系について』は、グリムやラスクよりも先に、サンスクリット語を軸とした比較文法の可能性を示した仕事だった。この特集で読む『比較文法』(Vergleichende Grammatik) は、その仕事を生涯をかけて広げ、完成させた大著である。

サンスクリット語という「新大陸」

ボップはマインツに生まれ、パリでシルヴェストル・ド・サシやシェジーのもとでサンスクリット語を学んだ。1821年からはベルリン大学で東洋文学・一般言語学の教授を務める。この特集で読む『比較文法』の序文で、ボップは自分の仕事の出発点をこう振り返っている。

In der Behandlung unserer europäischen Sprachen mußte in der That eine neue Epoche eintreten durch die Entdeckung eines neuen sprachlichen Welttheils, nämlich des Sanskrit… (私たちヨーロッパの諸言語の扱いには、実際、新しい時代が到来せざるをえなかった——それは、新しい言語の大陸、すなわちサンスクリット語の発見によってである……)

サンスクリット語を「新大陸」にたとえる——大航海時代の発見になぞらえるこの比喩は、19世紀初頭のヨーロッパの学者たちが、この古代インドの言語にどれほどの衝撃を受けたかを物語っている。ギリシア語・ラテン語という「古典」の権威に、はるか東方から届いた第三の古典語が並び立ち、しかもその文法体系の精緻さで両者を凌ぐことさえあった。

ラスク・グリムとは違う照準

ラスクの特集グリムの特集で読んだとおり、この二人の仕事の中心は、子音の対応関係——p が f になり、t が th になる、という音の規則性だった。ボップの照準は、もっと広い。動詞の活用、名詞の格変化、文法の仕組みそのものを、サンスクリット語・ゼンド語(アヴェスター語)・ギリシア語・ラテン語・リトアニア語・古代スラヴ語・ゴート語・ドイツ語という8つの言語にわたって、隅から隅まで比較し尽くす——これが『比較文法』の企てだった。1833年に初版が刊行され、1856年からは全面改訂した第2版が分冊で世に出た。この特集で読むのは、その第2版第1巻である。

ラスク・グリム 子音の対応関係 p→f、t→th のような音の規則 ボップ 文法体系そのもの 活用・格変化を8言語で比較 同じ比較の方法を、より広い射程に広げた
ラスク・グリムとボップ、照準の違い。図:ToL

この特集の見取り図

この特集では、次の2本で、ボップの中心的な着想——言語を「生き物」として捉える発想と、文法の語尾は「化石になった単語」だという理論——を専門用語なしで紹介する。続く2本は、序文の原文と、彼の理論をもっとも象徴する一つの語源解析を、ドイツ語原文とともに精読する。そして、グリムとの直接のつながりを含む遺産をたどったあと、二百年近くのちの視点からの検証で締めくくる。

まとめ

論点内容
誰がフランツ・ボップ(1791–1867、ドイツ、ベルリン大学教授)
代表作『比較文法』(Vergleichende Grammatik、初版1833年、第2版1856〜61年)
先駆けとなった仕事1816年『サンスクリット語の活用体系について』
扱う言語サンスクリット語・ゼンド語・ギリシア語・ラテン語・リトアニア語・古代スラヴ語・ゴート語・ドイツ語
意義音の対応だけでなく、文法体系全体を比較する方法を確立した

一言でいえば——ラスクとグリムが子音に見出した規則性を、ボップは文法という建物全体に広げてみせた。この特集は、その建築の中身を読む。