言語について語るとき、ボップは繰り返し、ある一つの言葉を使う——Organismus(有機体)。これは、たんなる比喩表現ではない。彼の比較の方法そのものを支える、中心的な発想である。

言語は、育ち、老い、すり減る

ボップにとって、言語はモノではなく、生き物のように育ち、変化し、老いていく対象だった。文法の語尾変化も同じだ——生まれたばかりの言語では、語尾ははっきりとした形を保っている。だが時間が経つにつれて、体の輪郭がすり減っていくように、語尾の形もすり減り、短くなり、ときには消えてしまう。ボップは、この「すり減り」をこう表現する。

…die schweren Personal-Endungen… jener Zeit, wo der Sprach-Organismus noch in allen seinen Theilen in voller Gesundheit blühte. (……〔まだすり減っていない〕重々しい人称語尾は……言語という有機体が、そのあらゆる部分において、まだ十分に健康に花開いていた時代のものだ。)

「健康」と「花開く」——生物学の言葉が、そのまま文法の説明に使われている。語尾が短く単純になっていくのは、たんなる音の変化ではなく、言語という体の、一種の老化なのだ。

若く健康な言語 語尾ははっきりした形を保つ 年を経た言語 語尾がすり減り、単純になる 語尾の変化は、音の変化であると同時に、言語という体の老化でもある
言語という有機体——若さと老いの比喩。図:ToL

比較は、解剖と同じだ

この発想が生きてくるのが、比較の方法そのものにおいてである。もし言語が生き物のような体を持つなら、近縁の言語を比べる作業は、近縁の動物どうしの骨格を比べる、比較解剖学の作業と同じになる。骨の数や配置を見比べることで、二種の動物がどれくらい近い祖先を持つかを推定できるように、文法の仕組みを見比べることで、二つの言語がどれくらい近い祖先を持つかを推定できる——ボップはこの発想を、序文の別の箇所で「Sprach-Anatomie」(言語の解剖学)という言葉で名指ししている。

この比喩が開いたもの

「言語は生き物である」という発想は、比較言語学に強力な道具を与えた。生物学的な比較の方法——器官どうしを見比べ、相同性(もとは同じ器官が形を変えたもの)を突き止める手法——を、そのまま言語の比較に応用できるようになったからだ。文法の語尾を「化石になった器官」として扱う——この特集の次の記事で読む、語尾の起源についてのボップの理論は、まさにこの発想の上に築かれている。

まとめ

論点内容
中心の比喩言語は有機体(Organismus)であり、育ち、老いる
「健康」の意味語尾変化がまだすり減っていない、若い状態の言語
比較の方法への応用言語の比較を、比較解剖学(Sprach-Anatomie)になぞらえる
この発想が開いたもの語尾を「化石になった器官」として分析する道

一言でいえば——ボップにとって文法とは、静止した規則の集まりではなく、生まれ、育ち、老いていく一つの体だった。この見方が、次の記事で読む、彼のもっとも独創的な理論を支えている。