前の記事で読んだ「-mi は代名詞 ma の化石」という発見には、実はもう一段先がある。ボップは、この語尾自体にも新旧の違いがあることを見抜いていた。
重い語尾と、軽い語尾
サンスクリット語の動詞には、-mi で終わる形(一次語尾、現在形などで使う)と、-m だけで終わる形(二次語尾、過去形などで使う)の、二種類がある。ボップはこう続ける。
Die Secundärform beruht auf einer weiteren Schwächung von mi zu m… (二次形は、mi がさらに m へと弱まったことにもとづく……)
つまり、-mi と -m は、同じ一つの代名詞 ma が、異なる二つの段階まで擦り減った結果なのだ。より古い層に近いのが -mi、そこからさらに時間が経ってすり減ったのが -m——一つの語尾のなかに、いわば地層のように、複数の時代が折り重なっている。
複数形にも、同じ跡が残る
ボップはこの「すり減り」の証拠を、単数形だけでなく複数形でも示す。
…im Latein[ischen] noch alle Plural-Endungen auf mus, im Griech[ischen] alle auf μεν enden, während im Sanskrit das entsprechende mas nur den Primärformen geblieben ist… (……ラテン語では複数語尾がすべて mus で終わり、ギリシア語ではすべて μεν で終わるのに対し、サンスクリット語では、対応する mas が一次形にのみ残っている……)
ラテン語・ギリシア語では、複数の「私たち」を表す語尾が、動詞の種類を問わずすべて同じ形(mus、μεν)に統一されてしまっている。だがサンスクリット語には、まだ古い形(mas)と、より単純化が進んだ形が、使い分けられたまま残っている。サンスクリット語がもっとも「若い」状態を保っている——別の記事で読んだ「言語は有機体」という発想が、ここでも具体的な証拠とともに働いている。
一つの語尾に、複数の時代が眠る
この精読が示すのは、ボップの理論の緻密さである。「語尾は代名詞の化石だ」という主張は、それだけで終わらない。同じ代名詞が、言語ごとに、また同じ言語の中でも語形ごとに、異なる速さですり減っていく——この差そのものが、言語どうしの新旧を測る物差しになる。一つの動詞の語尾を丹念に読み解くだけで、そこに幾重にも重なった歴史の層が見えてくる、というのがボップの実演だった。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 二つの語尾 | サンスクリット語の一次語尾 -mi と、二次語尾 -m |
| ボップの説明 | 同じ代名詞 ma が、異なる段階まですり減った結果 |
| 複数形での裏づけ | ラテン語・ギリシア語は語尾がすべて単一形に統一、サンスクリット語は古い使い分けを保持 |
| 導かれる結論 | 語尾の摩耗の度合いから、言語の「若さ」を測ることができる |
一言でいえば——ボップにとって、動詞の語尾一つひとつが、言語の年齢を刻んだ年輪だった。すり減り方の違いを読み解くことで、彼は八つの言語のあいだの時間の流れそのものを可視化してみせた。