概要記事で扱った論点を、ここでは一つずつ、短い例とともに取り出す。どれも独立して読める。

1. 「文」とは何か

チョムスキーはまず、対象をはっきりさせる。言語とは「有限個の部品から作られる、文の集まり」。曖昧な「ことばの海」ではなく、「正しい文の集合」と「正しくない文の集合」の境界線こそが研究対象だ、とまず宣言する。この境界線を引く装置——それが「文法」である。

2. 「文法的」は「意味がある」とは違う

「無色の緑の観念が猛烈に眠る」はナンセンスだが文法的で、それを逆順にした「眠る猛烈に観念緑無色」は文法的でもナンセンスでもない。両方とも同じくらい意味不明なのに、片方だけが「文らしい」。ここから、正しさの基準は意味の中にはない、という結論が引き出される。

3. 「文法的」は「よく聞く言い方」とも違う

さっきの二つの文は、どちらも実際に使われたことがないはずの言い回しだ。「使われたことがあるかどうか」の統計を積み上げても、両者は同じくらい「稀」に見えてしまう。それでも人は片方だけを自然だと感じる——だから、正しさの基準は使用頻度の中にもない。

4. 一歩ずつ単語を予想する機械では足りない

「前の単語から次の単語を選んでいく」という機械(サイコロを振りながら単語をつなげていくイメージ)は、単純で強力に見える。だが「もし〜なら」のように、離れた場所にある二つの単語が結びつき、しかもその間に同じ構造をまるごと入れ子にできる文には、原理的に対応できない。手前の単語を「覚えておく」仕組みが、そもそもこの機械にはないからだ。

5. 箱の中に箱を作る——句構造

文を「主語の箱」と「述語の箱」に分け、それぞれをさらに細かい箱に分けていく。これなら、さっきの機械よりずっと複雑な文を扱える。学校の文節分けに似たこのやり方を、チョムスキーは形式的な書き換え規則として整理し直した。

6. でも、箱分けだけでは足りない

「AとBをつなげてよい場面/悪い場面」を説明しようとすると、単語の今の並びだけでなく、どう組み立てられたかの履歴まで知る必要が出てくる。箱分けの規則は「今ある形」しか見ないので、これに対応できない。受け身の文(主語と目的語を丸ごと入れ替える)も、同じ理由で箱分けだけでは書けない。

7. 文を丸ごと書き換える——変形

そこで、「ある形の文を、別の形の文へ丸ごと書き換える」規則——変形——が登場する。いちばん飾りけのない文(核)から出発し、否定・疑問・受け身などの変形を重ねて複雑な文を作る。驚くのは、道具立てがとても少なくて済むこと。否定文を作る部品と疑問文を作る部品は、ほとんど共用されている。

8. 一つの規則が、思わぬ謎も解く

英語の”have”(“have you a book…?”のような疑問の作り方)が他の動詞と違うふるまいを見せる理由は、実は「意味」ではなく、変形の仕組みがたまたま生む副産物だった。まったく別の目的で作った規則が、無関係に見えた謎まで、あとから説明してしまう——これが「単純な理論ほど良い」という考え方の、いちばん説得力のある証拠になる。

9. 同じ見た目、違う成り立ち——あいまいさ

「狩人たちの射撃」は、狩人が撃つ側にも、撃たれる側にも読める。見た目は一つでも、成り立ち(どの単純な文から、どんな変形で作られたか)は二通りある。逆に、まったく違う単語でできた文(「太郎はテニスをした」「花子は音楽が好きだ」)が、組み立ての形としては同じだと分かることもある。「文を理解する」とは、その組み立てをたどることなのかもしれない——チョムスキーはそう示唆する。


もっと深く知りたい人は、有限状態モデルの限界句構造文法とその限界否定・疑問・doの分析構造的あいまいさと統語論の自律性の各詳細記事へ。