『統辞構造論』第7章は、前章までに導入した「変形」という道具を、実際に英語の否定文・疑問文へ適用してみせる。ここが、本書でいちばん具体的で、いちばん鮮やかな部分だ。
否定文の作り方
出発点は、助動詞句の分析だ。“C(M)(have+en)(be+ing)“というAuxの構造(Cは時制・人称一致を担う要素)をもとに、チョムスキーは文をつねに次の三分節のどれかとして捉える。
- NP - C - V…(例:John - S - come)
- NP - C+M - …(例:they - past - can - come)
- NP - C+have - …
- NP - C+be - …
否定の変形(Tnot)は、この分節の2番目と3番目のあいだに”not”(または”n’t”)を挿入する規則にすぎない。“they - 0+can - come”に適用すれば”they - 0+can+n’t - come”となり、最終的に”they can’t come”になる。
ここで面白いことが起きる。“John - S - come”(=“John comes”の元の形)にTnotを適用すると、“John - S+n’t - come”となる。だが、この時点でまだ”S”(三人称単数の接辞)は、右にある動詞にくっついていない——接辞をくっつける規則は、“not”のような余計な要素を挟まずに”Af+v”という並びを前提にしているため、ここでは適用できなくなってしまう。宙に浮いた接辞が残るのだ。
do は「宙に浮いた接辞」の担い手
この「宙に浮いた接辞」を処理するために、チョムスキーはもう一つ規則を足す——接辞の直前に、それを担うための語として”do”を挿入する。この規則が働いて、“John - S+n’t - come”は最終的に”John doesn’t come”になる。
同じ規則が、疑問文にもそのまま使える。疑問の変形(Tq)は、さっきの三分節のうち1番目と2番目を入れ替えるだけの規則だ。“they - 0 - arrive”に適用すれば”0 - they - arrive”となり、宙に浮いた”0”(無人称の接辞)を”do”が引き受けて、“do they arrive”になる。“they - 0+can - arrive”に適用すれば、“can”はもともと接辞を必要としないので、“can they arrive”がそのまま出てくる。
チョムスキー自身、この経済性を強調する。
The crucial fact about the question transformation Tq is that almost nothing must be added to the grammar in order to describe it. (疑問の変形Tqについて決定的に重要な事実は、これを記述するために文法へほとんど何も付け足す必要がないということだ。ToL訳)
否定文のために作った「三分節」と「doの挿入」という道具立てが、疑問文にもそのまま使い回せる。新しく必要になるのは、1番目と2番目を入れ替えるという、ごくわずかな追加だけだ。
「who ate an apple」に倒置がないわけ
さらに面白いのが、wh疑問文(who, whatを使う疑問文)だ。“what did John eat”(ジョンは何を食べたか)と”who ate an apple”(誰がりんごを食べたか)——どちらも疑問文なのに、片方には”did”の倒置があり、もう片方にはない。なぜか。
チョムスキーの分析では、どちらも同じ核の文字列——“John - C - eat + an + apple”——から出発する。まずTqが1番目と2番目を入れ替える。次に、名詞句の一つを選んで、それを文頭の”who”または”what”に置き換える変形(Tw)が働く。
ここでポイントになるのは、Twが選ぶ名詞句だ。目的語”an apple”を選べば、“an apple - past - John - eat”のような形になり、それが最終的に”what did John eat”になる——Tqがすでに入れ替えた語順の名残が”did”として残る。ところが主語”John”を選んだ場合、Twは「Tqがつけた入れ替えを、ちょうど元に戻す」形で働く。つまりTwは、Tqの効果を打ち消してしまうのだ。結果として、“who ate an apple”には、目に見える倒置が残らない。
一つの機構(NP - C - V…という分節、Tq、do挿入)から、否定・疑問・yes/no疑問・wh疑問という四種類の文が、ほとんど追加の道具なしに導かれる——これが、チョムスキーの言う「単純さ」の具体的な中身である。