以前の記事では、『こころ』の第一文にある「呼んでいた」という形を、「〜ている」の過去形として、意味の面から読んだ。この記事では、その手前の段階——「呼ぶ」が、なぜ「呼んで」に変わるのかという、動詞の活用の仕組みそのものを見る。
「呼んでいた」——ぶ、が、んで、に変わる
『こころ』の第一文は、こうだった。
私はその人を常に先生と呼んでいた。
「呼んでいた」は、「呼ぶ」という動詞に、「て」(テ形)と「いた」(「いる」の過去形)がついたものである。だが、「呼ぶ+て」は、単純に「呼びて」にはならず、「呼んで」に変化している。「ぶ」の音が、「ん」に変わり、続く「て」が「で」に濁る——これは、日本語の五段動詞(グループ1の動詞)に見られる、規則的な音の変化である。
「こごんでいる」——む、も、んで、に変わる
海岸の場面に、もう一つ、似た変化を示す動詞がある。
そこにこごんでいる日本人に、一言二言何かいった。
「こごむ」(しゃがむ、の意味)も、「ぶ」と同じグループに属する動詞で、「む」が「ん」に変わり、「て」が「で」に濁る。「呼ぶ」と「こごむ」は、語尾の音こそ違うが、どちらも「ん」+濁った「で」という、同じパターンで変化している。
「動いていた」——く、が、いて、に変わる
もう一つ、別のパターンを見てみよう。
砂の上が動いていた。
「動く」は、「く」で終わる動詞である。この場合、「く」は「い」に変わり、「て」は濁らずに、そのまま「いて」となる。「呼ぶ・こごむ」の「んで」パターンとは、明らかに違う変化である。
「眺めていた」「着ていた」——変化しない動詞
一方、まったく形を変えない動詞もある。
長い間西洋人の海へ入る様子を眺めていた。
純粋の日本の浴衣を着ていた彼は、それを床几の上にすぽりと放り出したまま……
「眺める」「着る」は、語尾の「る」を取って、そのまま「て」をつけるだけでよい。「呼ぶ」「こごむ」「動く」のような、音の変化は起きない。これは、一段動詞(グループ2の動詞)と呼ばれる、別の種類の動詞である。
三つのパターンを、まとめる
この一節だけから、動詞のテ形の、代表的な三つのパターンが確認できる。
| 動詞 | テ形 | パターン |
|---|---|---|
| 呼ぶ、こごむ | 呼んで、こごんで | 「ぶ・む」→「んで」(濁る) |
| 動く | 動いて | 「く」→「いて」(濁らない) |
| 眺める、着る | 眺めて、着て | 「る」を取って「て」をつけるだけ |
日本語の動詞は、辞書の形(終止形)だけを覚えても、テ形が自動的に分かるわけではない。動詞が、五段動詞(グループ1)か、一段動詞(グループ2)かによって、変化のパターンが決まっている、という規則性を理解する必要がある。『こころ』のこの一節には、その、代表的なパターンが、偶然にも、いくつも並んで現れている。
読むうえで、確かめておきたいこと
第一に、五段動詞のテ形には、この記事で扱った「ぶ・む→んで」「く→いて」のほかにも、「す→して」「つ・る・う→って」など、複数のパターンがある。 この記事は、鎌倉の浜辺の一節から、実際に確認できたパターンにとどめている。
第二に、「行く」だけは、五段動詞でありながら、「行きて」ではなく「行って」という、不規則な変化をする。 この特殊な例は、この一節には現れておらず、この記事では扱っていない。
まとめ
| パターン | 例 | 変化のルール |
|---|---|---|
| ぶ・む | 呼ぶ→呼んで、こごむ→こごんで | 語尾が「ん」に変わり、「て」が濁る |
| く | 動く→動いて | 語尾が「い」に変わる |
| 一段動詞 | 眺める→眺めて、着る→着て | 「る」を取って「て」をつけるだけ |
一言でいえば——動詞のテ形は、動詞の種類によって、変化のパターンが決まっており、『こころ』のこの一節だけからでも、その代表的なパターンを、実例で確認することができる。