前回は『一般理性文法』(1660)の全体像を追った。ここからは本文を、やさしく順にたどる。前半は——この本の企て、そして「頭の中で何が起きているか」。
1. 文法の本なのに、最初のページは「頭の中」の話
ふつう文法の本は、活用表や例外のリストから始まる。ところがこの本は違う。開いていきなり、こう宣言する。
La Grammaire est l’art de parler. Parler, est expliquer ses pensées par des signes que les hommes ont inventés à ce dessein.
文法とは話す技術である。話すとは、そのために人間が発明した記号によって、自分の思考を説明することだ。(フランス語引用の日本語訳・英訳は ToL による。以下同じ。)
つまり、話すという行為には二つの側面がある。音や文字そのもの(外側)と、それが運んでいる思考(内側)だ。
書名の「一般(générale)」は、フランス語だけの本ではない、という意味。ラテン語やギリシア語とも見比べながら、あらゆる言語の下敷きになっている共通のしくみを探す。「理性的(raisonnée)」は、「なぜそう言うのか」まで説明する、という意味。「これが正しい言い方です」で終わらせず、その理由を頭の中に探しにいく。だからこの本は、フランス語の教科書というより、「ことばを話す頭の中は、どうなっているのか」を調べる本なのだ。
2. 何かを「思う」のと、「決めつける」のは別のこと
頭の中で起きていることを、著者たちはまず二つに分ける。
- ものを思い浮かべること。空を見て「雲だ」と思う。犬を見て「犬だ」と思う。これだけなら、まだ何も主張していない。
- 思い浮かべたものについて、こうだ、と決めつけること。「あの雲は灰色だ」「あの犬は大きい」。
前者を概念する(concevoir)、後者を判断する(juger)と呼ぶ。
Juger, c’est affirmer qu’une chose que nous concevons est telle, ou n’est pas telle.
判断するとは、私たちが思い浮かべたあるものが、こうである、またはこうでない、と言い切ることだ。
「推論する」——二つの判断から三つめの判断を引き出すこと(「徳はすべて立派だ、忍耐は徳だ、だから忍耐は立派だ」)——も心の働きの一つだが、これは判断を二回重ねているだけだ。だからこの本にとって、頭の中の働きは実質二つで足りる。ふだん私たちは、ただ「雲だ」と思うだけでなく、「曇っている」と決めつけて誰かに伝えている——言葉はほとんどいつも、判断を運ぶために使われる、というのがここでの見立てだ。
3. 「地は丸い」は、なぜ三つの部品でできているのか
この二段階を踏まえると、「地は丸い」のような一文の作り方が見えてくる。まず「地」を思い浮かべ、「丸い」を思い浮かべる——ここまではどちらも②(概念する)の仕事だ。そのうえで「地」について「丸い」と決めつける——これが③(判断する)の仕事。文になった判断を、この本は命題と呼ぶ。
toute proposition enferme nécessairement deux termes ; l’un appelé sujet, qui est ce dont on affirme, comme terre ; et l’autre appelé attribut, qui est ce qu’on affirme, comme ronde : et de plus la liaison entre ces deux termes, est.
どの命題も、必ず二つの項を含む。一つは主語と呼ばれ、〜について述べる対象(たとえば「地」)。もう一つは属詞と呼ばれ、述べられる内容(たとえば「丸い」)。さらに、この二項を結ぶもの——「である」。
つまり文の骨組みは、いつも同じ形をしている。「主語+である+属詞」。主語と属詞は「思い浮かべたもの」、「である」だけが「決めつける働き」そのものだ。
4. ことばは全部「モノ派」と「気持ち・動き派」に分かれる
頭の中が「思い浮かべる」と「決めつける」に分かれるなら、それを運ぶことばも、同じ線で二つに分かれるはずだ、と著者たちは考える。
il faut aussi que la plus générale distinction des mots soit que les uns signifient les objets des pensées, et les autres la forme et la manière de nos pensées.
語のもっとも一般的な区別も、こうでなければならない——あるものは思考の対象を表し、あるものは私たちの思考の形式・様態を表す。
「モノ」派——名詞、冠詞、代名詞、前置詞、副詞。「気持ち・動き」派——動詞、接続詞、間投詞。この区別がいちばん分かりやすいのは「ない(non)」という語だ。
il n’y a point d’objet dans le monde hors de notre esprit, qui réponde à la particule non.
頭の外の世界には、「ない」という語に対応する物は一つもない。
「猫」には、頭の外に本物の猫がいる。でも「ない」には、対応する物がどこにもない。「ない」はただ、「これはそうではない」という頭の中の動きを表しているだけだ。「しかし」「そして」も同じ——外の世界のどこかにある物ではなく、話し手の頭の中で起きているつなぎ方を表している。
後半では、この本でいちばん有名な二つの話——動詞の正体は「時」ではなく言い切ることだという話と、一つの文の中に、実は複数の文が隠れているという話に進む。全体像は「『一般理性文法』を読む」へ。