動詞は「肯定(affirmation)」を意味する語だ——概要記事で見たとおり。だが実際の動詞は、ただ肯定するだけでなく、「誰が」「いくつ」「いつ」肯定するのかまで、たった一語の語尾変化で語っている。「私は見る(je vois)」も「私たちは見た(nous avons vu)」も、文法的にはどちらも一つの動詞にすぎないが、その一語の中には、話し手の人称、単数か複数か、そして出来事がいつの、どんな時間的関係の中で起きたのかという情報が、幾重にも折りたたまれている。第2部・第14〜15章、そして第18章は、この圧縮のしくみを一つずつ解きほぐしていく。

1. 「私」はどこに消えたのか——人称という省略

je(私は) + vois(見る) video(私は見る) 代名詞は消えたのではなく、動詞の語尾(-o)に吸収された。
主語代名詞が動詞語尾へ圧縮される様子。図:ToL

なぜ動詞は人称によって形を変えるのか。著者たちの説明は、必要にせまられた省略の歴史として語られる。

la diversité des personnes et des nombres dans les verbes, est venue de ce que les hommes, pour abréger, ont voulu joindre dans un même mot… le sujet de la proposition.

動詞における人称と数の多様性は、人間が簡略化のために、命題の主語を動詞と同じ語に結びつけようとしたことから生まれた。

「私が話すとき、命題の主語はつねに一人称の代名詞(ego, moi, je)だ」と著者たちは続ける。ならば、そのつど代名詞を言わずとも、動詞の語尾を変えるだけで「自分について語っている」と示せばよい——それが一人称の起源であり、同じ理屈で二人称・複数形も作られた。命題の主語が話者自身でも聞き手でもないことも多いので、両者と別に、他のあらゆる主語に結びつく第三の人称が必要になった、と著者たちは続ける。

ここで著者たちは、思いがけず鋭い指摘を挟む。「人称(personne)」という語は本来、理性を持つ実体にしか使えないはずなのに、三人称はモノにも使われる——つまり「三人称」という呼び名自体が、実は不正確な流用なのだ、と。

naturellement ce qu’on appelle troisième personne devroit être le thème du verbe…

いわゆる三人称こそが、自然には動詞の基本形(テーマ)であるべきだ——東方の諸言語ではまさにそうなっている。

つまり論理的な順序は逆で、まず「肯定するだけで誰も指さない」形(三人称)があり、そこに一人称・二人称という特別な屈折が後から付け加わる、というのが自然な成り立ちだという。ラテン語が一人称・二人称の代名詞をほとんど省略できる(video, vides と言うだけで足りる)のも、まさにこのためだと著者たちは言う——にもかかわらずフランス語のような俗語は、なぜか je vois, tu vois と代名詞を律儀に言い直す。著者たちはその理由を、活用語尾がしばしば人称間で区別を失うから(aimer の一人称と三人称はどちらも aime)と推測している。

著者たちはさらに、同じ人称語尾のもう一つの用法にも触れている。動詞の語尾から代名詞をあえて切り離し、単独で使うと、それは命令形になる——vois(見よ)、aime(愛せよ)、lis(読め)のように。人称・数を示す語尾という同じ材料が、代名詞と組み合わされれば「誰が」を語る印になり、代名詞から切り離されれば「命じる」という別の法(モード)の印に変わる、という指摘だ。一つの語尾が、文脈次第でまったく違う文法機能を担いうるというこの観察は、後で見る時制の議論とも響き合っている。

この観察は、現代の言語類型論でいう「代名詞脱落(pro-drop)」言語と「代名詞必須」言語の区別を、350年以上先取りしている。ラテン語・スペイン語・日本語のように語尾(あるいは文脈)だけで人称が分かる言語は主語代名詞を省いてよいが、フランス語・英語のように語尾の人称区別がすり減った言語は、代名詞を律儀に言い直さざるを得ない——著者たちが挙げた「活用語尾の同形化」という理由づけは、現代の統辞論者が pro-drop の可否を語る際に持ち出す説明と、驚くほど同じ発想をしている。動詞の複数形についても同じ圧縮が働く。「私たちは」「あなたたちは」にあたる代名詞(nos, vos)を複数にして語尾へ折り込んだのが videmus(私たちは見る)・videtis(あなたたちは見る)であり、単数の場合とまったく同じ省略の論理で作られている。さらに著者たちは、ギリシア語には単数・複数のほかに「二つのものについて語るときだけ使う」双数(デュアル)があること、東方の諸言語には同じ人称でも指す相手の性別(男性・女性)によって語尾を使い分けるものがあることにも触れ、人称・数という文法範疇が言語ごとにどこまで細分化されうるかを比較して見せている。

2. 三つの単純時制、三つの複合時制

時制もまた、動詞語尾に畳み込まれたもう一つの情報だ。ある出来事が「いつ」起きたかを、動詞はほんの一、二文字の語尾変化だけで告げてしまう。

Il n’y a que trois temps simples : le présent… le passé… et le futur.

単純時制は三つしかない——現在(amo, 私は愛する)、過去(amavi, 私は愛した)、未来(amabo, 私は愛するだろう)。

フランス語はここにもう一段の区別を持ち込む。過去を「ちょうど今終えた」と語るか、「いつとは特定せずに終えた」と語るかの違いだ。

l’un qui marque la chose précisément faite… on nomme défini, comme j’ai écrit ; et l’autre qui la marque indéterminément faite… on nomme indéfini ou aoriste, comme j’écrivis.

一つは事柄がまさに為されたことを示す定過去(défini。j’ai écrit)、もう一つは不特定の時に為されたことを示す不定過去=アオリスト(j’écrivis)。

著者たちが挙げる例が面白い。「今朝手紙を書いた」は j’ai écrit ce matin としか言えず、j’écrivis ce matin とは言えない——アオリスト形は「今日という日から最低一日は離れた過去」にしか使えないという、フランス語話者でも意識しにくい規則を、著者たちはきっちり言語化している。

この定過去(j’ai écrit)/不定過去(j’écrivis)の対は、実は現代フランス語の passé composé(複合過去)と passé simple(単純過去)の区別そのものにあたる。現代の学校文法では「passé simple は書き言葉専用で、話し言葉では passé composé しか使わない」と説明されることが多いが、1660年の時点で著者たちが注目していたのは文体の違いではなく、あくまで「今日からどれだけ時間が離れているか」という時間的な距離だった、という点は興味深い。スペイン語やイタリア語ではこの二つの過去がしばしば混同される、という指摘も著者たちは添えており、ロマンス諸語のあいだで定過去・不定過去の区別がどれほど揺らぎやすいかを、17世紀の時点ですでに比較対照している。

単純時制 現在(amo) 過去(amavi) 未来(amabo) 複合時制(他の時点との関係) 半過去:過去の中の「現在」 (coenabam=入って来たとき私は食事中だった) 大過去:過去の中の「もっと過去」 (coenaveram=入って来たとき私はすでに食事を終えていた) 前未来:未来から見た「過去」 (coenavero=食事を終えたころ彼が入って来るだろう) 複合時制は、単純時制の一点を、別の出来事との相対的な前後関係に置き直したもの。
複合時制は、単純時制をさらに「別の時点」との関係に置き直したもの。図:ToL

複合時制の説明は、著者たちの筆致がもっとも冴える部分の一つだ。半過去(imparfait)は、過去のある一点を「現在であるかのように」描く時制だという。

cum intraret coenabam, je soupois lorsqu’il est entré… l’action de souper est bien passée au regard du temps auquel je parle ; mais je la marque comme présente au regard de la chose dont je parle.

「彼が入って来たとき、私は食事中だった」——夕食は今から見れば過去のことだが、もう一つの出来事(彼の入場)との関係では現在のこととして示されている。

大過去(plus-que-parfait)は「過去の中のさらに過去」を、前未来(futur parfait)は「未来のある時点から見た過去」を示す——著者たちはこれを、論理的に導出可能な組み合わせとして体系的に示していて、ここには「本来なら現在から見た未来の複合形もありえたはずだが、俗語は単純未来で間に合わせてしまった」という指摘まで添えられている。実際、ラテン語には cum coenabo intrabis(私が食事をするとき、あなたは入って来るだろう)のような言い方しかなく、「私の食事」は本来未来のことなのに、「あなたの入場」という別の未来の出来事から見れば現在のこととして語られている——半過去・大過去・前未来という三つの複合時制がきれいに埋めていた枠組みの、埋め残された一マスを、著者たちは律儀に指摘してみせている。

三つの単純時制と三つの複合時制、あわせて六つの時制がここに出そろう。単純時制が「現在・過去・未来」という三つの絶対的な位置を示すのに対し、複合時制はつねに二つの出来事の相対的な前後関係——「ある出来事から見て、もう一つの出来事がどの向きにずれているか」——を示す、という構造上の対称性を、著者たちはこの章全体を通じて浮かび上がらせている。

過去がこれほど細かく分かれるなら、未来も同じように分かれるはずだ——未来にも、過去とまったく同じ「精密/漠然」の対がありうると著者たちは指摘する。ギリシア語には「すぐに起こる」ことを示す未来(παυλοποστ=パウロポスト未来、直訳すれば「わずか後の」未来)があり、「もう為したも同然」というニュアンスを持つ——ちょうど日本語の「もう〜するところだ」に近い語感だという。これに対して単純未来(ferai, faurai)は、いつ起こるかを特定せず、ただ「いずれ起こる」とだけ淡々と述べる未来だ。著者たちはこの二種類の未来を、過去における定過去・不定過去の対ときれいに並行させて見せており、時制体系全体が「精密か、漠然か」という一本の軸で貫かれていることを浮かび上がらせている。なお東方の諸言語(ヘブライ語など)には過去と未来の二区分しかなく、半過去・大過去といった細分がないため、しばしば曖昧さを生むという指摘も添えられている——時制の細分化は、言語が発達した結果というより、むしろ曖昧さを避けるための道具立てだという見方がここに表れている。裏を返せば、時制の種類が少ない言語が「劣っている」わけではなく、文脈や副詞など、語尾以外の手段で同じ区別を補っているにすぎない、ということでもある。

3. 「われ思う、ゆえに我あり」の動詞——存在を意味する動詞

第18章では、著者たちは意外な例を持ち出す。「肯定する」というだけの動詞(実体動詞、estre/sum)が、ときに「存在する」という具体的な属性そのものを意味することがある、というのだ。

le verbe substantif sum, je suis, est souvent adjectif… on y joint le plus général de tous les attributs, qui est l’être ; comme lorsque je dis, Je pense, donc je suis, je suis signifie je suis un être, une chose.

実体動詞 sum(私はある)でさえ、しばしば形容詞的に働く——あらゆる属性の中でもっとも一般的なもの、存在することがそこに結びつくからだ。「私は考える、ゆえに私はある(Je pense, donc je suis)」の「ある」は「私は一つの存在である」を意味している。

デカルトの Je pense, donc je suis(『方法序説』1637年)を実例に引きながら、著者たちは「ある」という動詞一語の中に、ただの文法的な肯定を超えた哲学的な重みを見出している——動詞論の章が、思いがけずデカルトの結論と接続する瞬間だ。

この指摘の射程は小さくない。「肯定するだけ」の語であるはずの動詞が、あるケースでは「存在する」という具体的な内容まで背負ってしまう——この一見小さな例外は、彼らの動詞論全体にとって、単なる余談ではなく、むしろ理論のほころびを自ら示す誠実な注記になっている。ポール・ロワイヤルの著者たちにとって、動詞の本質は「肯定すること」であって、それ以上でもそれ以下でもないはずだった——概要記事で見たとおり、「神は正しい」という文の中の be動詞は、ただ主語と属性を結びつける論理的な操作にすぎない、というのが出発点だった。ところが「ある(estre)」という動詞だけは特別で、その動詞自体の中身(属性)が「存在すること」そのものになってしまう場合がある、と著者たちは気づく。「私は考える」だけなら普通の動詞文だが、そこに「ゆえに私はある」と続けたとき、この「ある」は単に「はい、そうです」と肯定しているのではなく、「私は一個の存在者である」という、内容を持った主張になっている。つまり同じ estre/sum という一語が、ある文脈ではただの論理的な繋辞(コプラ)として透明にふるまい、別の文脈では「存在する」という最大級に重い属性を担う実質語になる——この二重性を、アルノーはデカルトからわずか二十数年後というタイミングで、文法書の一章として的確に定式化していたことになる。哲学史ではしばしば「存在は述語か」という論点(後にカントやフレーゲが本格的に論じ直すことになる問い)として扱われるが、その萌芽がすでにこのページにあったことは、もっと注目されてよい。

同じ章はさらに、動詞を能動(actif)・受動(passif)・中性(neutre)に三分する伝統的な分類も扱っている。能動は「行為とそれに対応する被行為」を意味する動詞(battre=打つ/être battu=打たれる)で、著者たちはさらに、相手に実際に作用が及ぶ「実的な行為」(rompre=壊す、tuer=殺す)と、対象を思考の中でとらえるだけの「志向的な行為」(aimer=愛する、connoître=知る、voir=見る)とを区別している。この区別自体、動詞の意味論としてかなり早熟だ——「壊す」は対象を物理的に変化させるが、「愛する」「知る」「見る」は対象そのものを変化させはしない、という洞察は、現代の言語学が「働きかけ動詞(affect verb)」と「知覚・心理動詞(experiencer verb)」を区別する発想の原型といっていい。

中性は行為を意味せず性質や状態だけを意味する動詞(albet=彼は白い、friget=彼は寒がっている、tepet=ぬるい)——ラテン・ギリシア語などの古典語は同じ語幹に語尾変化だけで能動・受動を作り分け、しかも東方の諸言語の一部は同じ動詞に三種類の能動形とそれぞれの受動形、さらに「自分自身に対して行為が返ってくる」再帰形(s’aimer=自分を愛する、に相当)まで持つ、と著者たちは言う。これに対しフランス語のような俗語にはこの受動語尾がなく、代わりに実体動詞+過去分詞(je suis aimé)で代用する、という指摘も添えられている。能動・受動・中性という三分類そのものは古代の文法家からの継承だが、著者たちがそこに「行為の宛先が実際に変化するかどうか」という意味論的な基準を持ち込んでいる点に、この文法書らしい理性主義の姿勢が表れている。

まとめ

論点内容
人称の起源代名詞(je, tu)を動詞語尾に圧縮した省略の産物。論理的には三人称(無指定の肯定)が動詞の基本形
単純時制現在・過去・未来の3つ。フランス語は過去をさらに定過去/不定過去(アオリスト)に分ける
複合時制半過去(過去の中の現在)・大過去(過去の中の過去)・前未来(未来から見た過去)の3つ
実体動詞の二重性「ある(estre)」は単なる肯定を超え、「存在する」という属性そのものを意味することがある——デカルトの Je pense, donc je suis がその例
動詞の三分類能動(行為)・受動(被行為)・中性(性質・状態のみ)。俗語は受動語尾を持たず実体動詞+分詞で代用

一つの動詞語尾に、話者は誰か、いくつあるか、いつのことか、そしてときには「存在する」という哲学的な主張までもが畳み込まれている。アルノーとランスロが動詞に見ていたのは、たんなる活用表ではなく、人間の思考が言語という有限の記号にどう圧縮されるか、その縮図だった。

なぜ今も読まれるか

現代の言語学は、人称・数・時制をまとめて「屈折(inflection)」あるいは「一致(agreement)」という術語で扱い、言語間の違いをパラメータの違いとして淡々と記述する。だがその記述の出発点——なぜ動詞はそもそも人称で形を変えるのか、なぜ時制は現在・過去・未来だけでは足りず半過去や前未来のような複合形が必要になるのか——という「なぜ」への答えを、アルノーとランスロは17世紀のうちに、しかも一冊の文法書の中で与えていた。彼らの答えは一貫している。文法の形は恣意的な飾りではなく、話し手が伝えたい思考——誰が、いつ、どんな関係で——を、できるだけ少ない語数で圧縮して運ぶための、理にかなった工夫なのだ、と。デカルトの Je pense, donc je suis を一動詞の分析だけで哲学の核心に接続してしまう筆力も含め、『一般理性文法』が350年以上たった今も文法史・言語哲学の両方で読まれ続けている理由は、この「形の裏に理由を見る」姿勢そのものにある。