金沢庄三郎(かなざわ・しょうざぶろう、1872–1967)は、上田万年の教えを受けた世代の言語学者で、上田とともに、セース『言語学』(1898)を翻訳した。また、国語辞典『辞林』(1907)の編者としても知られる。この特集で読むのは、その金沢が、日本語の個々の語の成り立ちを探った文章である。

金沢の方法

金沢の特徴は、日本語の語を、日本語のなかだけで説明せず、周りの言語と比べるところにある。朝鮮語、アイヌ語、琉球(沖縄)の方言、梵語(サンスクリット)といった言語と並べて見ることで、日本語の古い姿が見えてくる、と考えた。

その比較のなかで、金沢は、日本語と朝鮮語は、もとは同じ系統に属する、という説(日韓同系論)を唱えた。この説は、学問上の主張であると同時に、それが語られた時代の政治とも、深く結びついていた。この特集は、その両面を、原文で確かめる。

この特集で読むもの

『国語の研究』(1910) から、三つの語の話と、二つの原文を読む。

最後に、それぞれが現在どう扱われているかを、判定の記事で整理する。

太刀・曇る 物の名と動作の名 「な」は目の古語か 東西南北 方位の名の由来 耳目鼻口 朝鮮語との比較 朝鮮に於ける 国語問題 1910年の政治の文章 『国語の研究』(1910)——語の比較と、時代のなかの言語
この特集で読む題材。図:ToL

先に、お断りしておきたいこと

金沢の語源説の多くは、朝鮮語などとの比較に基づいており、その比較の前提(日本語と朝鮮語は同系である)は、今日の言語学では、証明されていない。また、金沢の日韓同系論は、後の時代に、政治的に利用されたと指摘される。この特集では、金沢の説を正解として紹介せず、金沢が何を観察し、どこまで推測と断ったか、そして説がどんな時代のなかで語られたかを、原文で確かめる。判定記事の「現在の扱い」は、日本語学の一般に知られた整理であり、個々の論文を確認したものではない。

まとめ

論点内容
誰が金沢庄三郎(1872–1967、言語学者、『辞林』編者)
一次資料『国語の研究』(1910)(国立国会図書館で自由に閲覧できる)
方法日本語の語を、朝鮮語・アイヌ語・琉球方言・梵語と比べて探る
注意日韓同系論は証明されておらず、政治的にも利用された。説と、時代を分けて読む

一言でいえば——金沢庄三郎は、「涙」「東西」のような身近な語を、周りの言語と比べて探った。その比較は、学問としては未証明にとどまり、時代の政治とも結びついた。その両方を、原文で確かめる。