前章で見たとおり、ブルークマンは「類推」という、人間的な力への扉を、自分の手で開けていた。1922年、デンマークの言語学者オットー・イェスペルセンは、その扉の先へ、はっきりと踏み出す。

「衰退」ではなく「進歩」——正面からの反転

第3章で見たとおり、シュライヒャーは、複雑な語形変化が失われていく過程を「衰退」(Verfall) と呼んだ。有史時代は、言語がすでに最盛期を過ぎたあとの、長い下り坂だ、と。イェスペルセンは、著書『言語』で、まったく同じ現象——語形変化の単純化——を前にしながら、正反対の評価を下す。

…in all those instances in which we are able to examine the history of any language for a sufficient length of time, we find that languages have a progressive tendency… so that the structure of modern languages is nearer perfection than that of ancient languages.

(……ある言語の歴史を十分な期間にわたって調べられる場合、私たちはいつも、言語には進歩する傾向があることを見出す。……現代の言語の構造は、古代の言語の構造よりも、完成に近い。)(記事097

同じ観察対象(屈折の単純化)を前にして、シュライヒャーは「衰退」と呼び、イェスペルセンは「進歩」と呼ぶ。この対立の核心は、何を基準に「よい言語」とするか、という価値判断の違いにある。イェスペルセンにとって、少ない形式でより多くを伝えられる言語のほうが、伝達の道具として優れている——複雑さそのものに価値があるわけではない、という立場である。

シュライヒャー 1861 単純化は「衰退」 複雑さこそ本来の姿 イェスペルセン 1922 単純化は「進歩」 伝達の効率こそ基準 同じ現象を前にした、正反対の価値判断
シュライヒャーの「衰退」を、イェスペルセンが「進歩」へ反転させる。図:ToL

人間の適応力を、正面から評価する

イェスペルセンの反転は、この一点にとどまらない。彼は、子どもの言い間違いを「未熟さの証拠」ではなく、言語のパターンを自力で見抜こうとする、能動的な知性の証拠として読み直す(記事098)。同じように、ピジン語——異なる言語の話者どうしが接触する中で生まれる、簡略化された言語——を、「崩れた言語」としてではなく、人間が状況に応じて言語を作り変える適応力の証拠として扱う(記事099)。

どちらの主張にも共通するのは、言語の変化を、樫の木が育つような自然現象としてではなく、話し手一人ひとりが状況に応じて下す、人間的な判断の積み重ねとして見る視点である。ブルークマンが「類推」として一部だけ認めた人間の力を、イェスペルセンは、言語変化全体を説明する原理にまで押し広げた。

まとめ

論点内容
シュライヒャーへの反転語形変化の単純化を、「衰退」ではなく「効率化という進歩」として読み直す
子どもの言い間違い未熟さの証拠ではなく、能動的な知性の証拠
ピジン語崩れた言語ではなく、人間の適応力の証拠

一言でいえば——イェスペルセンは、ブルークマンが開けた扉の先へ、はっきりと足を踏み出した。言語の変化は、もはや自然が「起こす」ことではなく、人間が「行う」ことになった。次章では、この人間中心の見方が、実際の考古学的な証拠によって、どのように裏づけられるかを見る。