やさしい解説の記事で見た標準語の話は、この論文と、地続きである。『国語のため』(1897) の巻頭に置かれた「国語と国家と」で、上田万年は、国語を、国家の課題として語った。この記事では、その主張を、原文の三か所で確かめる。(以下、引用の現代語訳は ToL による。)

前提:言語は、国民をつなぐもの

この論文で、上田は、国家を支えるいくつもの要素——たとえば、宗教、法律、そして言語——を順に検討している。そのうえで、ヨーロッパの諸大国の政府が、自国の言語を尊び、熱心にその発展に努めている例を、「活きたる場合」として挙げ、日本も、同じ問題に向き合うべきだ、と論を進める。

第一の箇所:協同の運動をなし得るもの

日本の国民について、上田は、こう述べる。

われわれ日本国民が協同の運動をなし得るは、主としてその忠君愛国の大和魂と、この一国一般の言語とを有つ、大和民族あるに拠りてなり。

(私たち日本国民が、力を合わせて行動できるのは、主として、その忠君愛国の大和魂と、この一国全体に通じる言語とを持つ、大和民族がいるからである。)

ここで、上田は、国民の協同を支える二本の柱として、**「大和魂」「一国一般の言語」**を並べている。言語は、精神的な価値と並んで、国民を一つにまとめるものとして、位置づけられている。

第二の箇所:言語と人種の一致を、守る

続けて、上田は、次のように述べて、その結論を、義務の形で示す。

故に予輩の義務として、この言語の一致と、人種の一致とをば、帝国の歴史と共に、一歩も其方向よりあやまり退かしめざる様勉めざるべからず。

(だから、私たちの義務として、この言語の一致と、人種の一致とを、帝国の歴史とともに、一歩たりとも、その方向から誤って退かせないように努めなければならない。)

この一文が、「国語と国家と」の、いちばん政治的な部分である。上田は、言語の一致人種の一致を、並べて、守るべきものとしている。この主張が、後の時代に、どう受け取られたかは、判定の記事で整理する。

第三の箇所:言語は、精神の化身

同じ文章に、上田の言語観を示す、もう一つの有名な考え方が、出てくる。

予輩は言語をば、其話す人の精神上に生活する思想及感情が、外に出でて化身したるものと見做すを躊躇せず。

(私たちは、言語を、それを話す人の精神のなかに生きている思想や感情が、外に現れて、姿をとったものと見なすことを、ためらわない。)

上田は、さらに、ミュラーのように「言語即思想」と言い切る勇気はないが、「言語即具形的思想」(言語は、形をとった思想である)という言い方なら、その不可を認めない、と述べている。言語が、話す人の心を映し出す、という考え方は、フンボルトの特集で見た、言語と民族精神を結びつける伝統と、通じる面がある。

言語観 言語は、精神の化身 (言語即具形的思想) 国民を支えるもの 大和魂と、 一国一般の言語 義務として 言語の一致と、 人種の一致を守る 言語は心の表れ → 言語は国民をつなぐ → 国家の課題として、言語をそろえる 図:ToL(上田万年「国語と国家と」の論の運びによる)
「国語と国家と」の論の運び。図:ToL

読むうえで、確かめておきたいこと

この論文を読むうえで、二点、確かめておきたい。

第一に、これは、当時の上田の主張である。 上田は、明治のなかごろ、日本が近代国家としての形を整えつつあった時代に、国語を、国家の課題として位置づけた。この論文は、その時代の空気のなかで書かれたものである。

第二に、上田自身の関心は、この論文の主張だけには収まらない。 上田は、後の『国語学の十講』(1916) の第四講で、「帝国版図内に於ける諸語」として、朝鮮語、琉球語、アイヌ語、台湾語、樺太語を、それぞれ取り上げている(目次による)。日本の国語の外にも、帝国のなかに、さまざまな言語があることを、上田は、意識していた。しかし、その扱い方が、どうだったかは、この記事の範囲を超える。

まとめ

論点内容
国民を支えるもの忠君愛国の大和魂と、一国一般の言語(上田の言い方)
上田の結論言語の一致と、人種の一致を、帝国の歴史と共に、守るべきものとする
言語観言語は、話す人の精神の「化身」。「言語即具形的思想」なら認める
読むうえで明治のなかごろの時代の主張として読む。後世の受け取りは、判定の記事で整理する

一言でいえば——上田万年は、「言語は、精神の化身である」という言語観から出発し、言語の一致を、国民をつなぎ、国家を支える課題として語った。その主張は、当時の言葉として、原文で確かめられる。