方法論を語るだけでなく、ラスクは自分自身が示す実例にも、厳しい目を向けている。この記事では、彼の比較作業が実際にどう進むかを、原文とともに追う。
「父」という単語ですら、鵜呑みにしない
ギリシア語 πατήρ、ラテン語 pater、ドイツ語 Vater、アイスランド語 faðir——「父」を意味するこれらの単語は、一見して似ている。だがラスクは、この類似をすぐさま証拠として使うことをしない。
Betragte vi nu saadant et Sprog som Grönlandsk, Malaisk eller Kinesisk, da finde vi her ingen Ligheder… (試みにグリーンランド語やマレー語、中国語のような言語を眺めてみると、そこには何の類似も見出せない……)
つまりラスクは、「似ている」という印象だけでは、偶然の一致か、それとも本当の血縁関係かを見分けられないことを、自分自身の実例を使って示している。父を意味する語が世界中で似た響きを持ちがちなのは、幼児が発音しやすい音(パ行・バ行の音)に由来する、言語をまたいだ普遍的な傾向かもしれない——だからこそ、この一致だけを根拠にはできない、という慎重さである。
それでも、積み重ねれば説得力になる
ラスクはここで立ち止まらない。単語を一つひとつ増やしていくことで、慎重さを保ちながらも説得力を積み上げていく。ラテン語 ventus(風)・nox(夜)・sal(塩)・piscis(魚)を、アイスランド語 vindur・nótt・salt・fiskr と並べ、さらに kona(女)・dóttir(娘、ドイツ語 Tochter と比較)・dyr(動物)・flatur(平らな)まで例を重ねる。一つの単語の類似は偶然かもしれないが、同じパターンの一致が何十と積み重なれば、それはもう偶然では説明できない——この段階的な積み上げが、ラスクの実証のやり方だった。
まず、関係のない言語から始める
第3章「ゴート諸語の源について、特にアイスランド語について」で、ラスクはアイスランド語の起源を突き止める作業に取りかかる。だが、その出発点は意外なものだ——地理的にもっとも近い言語であるグリーンランド語との比較から始めるのである。
…at sammenligne Islandsken med ethvert af de omgivende Sprog, indtil det findes hvoraf baade dens Indretning og Ordforraad bekvemt kan udledes, og som virkelig er ældre. (……アイスランド語を、周囲のあらゆる言語と一つひとつ比較し、その組み立てと語彙の両方が無理なく導き出せる言語、しかも実際により古い言語が見つかるまで、これを続ける。)
グリーンランド語との比較は、結局のところ何の類似も見出せずに終わる。だがこれは失敗ではない。「似ていない」という結果そのものが、比較の方法が正しく機能していることの証明になる——もし手あたり次第に類似を探していたなら、グリーンランド語からも何かしらの「類似」をでっち上げられたはずだからだ。関係のない言語との比較を、意図的に最初の一歩に置くこと自体が、ラスクの方法論への自信の表れだった。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 慎重さの実例 | 「父」を意味する語の類似だけでは、偶然か血縁かを見分けられないと自ら留保 |
| 積み重ねの実例 | ventus/vindur、nox/nótt など、多数の単語で同じパターンを確認 |
| 比較の出発点 | もっとも近いが無関係なグリーンランド語から、あえて始める |
| その意義 | 「似ていない」という結果も、方法が正しく機能している証拠になる |
一言でいえば——ラスクは、都合のいい類似だけを拾い集めるのではなく、まず無関係な言語で「似ていない」ことを確かめてから、本命の比較に進むという、検証への誠実さを実践してみせた。