九人の学者のうち、語(ことば)の成り立ちや意味を扱ったのは、大槻文彦、新村出、金沢庄三郎、折口信夫の四人である。四人は、いずれも「この語は、どこから来たのか」を問うた。だが、確かめ方が違う。(全体の年表)
四通りの確かめ方
| 学者 | 主著 | 確かめ方 | 代表的な語 |
|---|---|---|---|
| 大槻文彦 | 『言海』(1889–1891) | 辞書として、発音・品詞・語釈を組み合わせて説明する | 辞書全体 |
| 新村出 | 『日本の言葉』(1940) | 文献の証拠を並べ、言い切る範囲を区切る | とても、右と左、キセル、馬鹿 |
| 金沢庄三郎 | 『国語の研究』(1910) | 朝鮮語・アイヌ語・琉球方言・梵語など、他の言語と比べる | 太刀、曇る、涙、東西南北 |
| 折口信夫 | 「国語と民俗学」(1937)、「語根論の断簡」(1931) | 古代の暮らしと信仰を手がかりに、語を読む | いとほし、ハイカラ、酒→さか、言霊 |
それぞれの答えの運命
判定記事を並べると、答えの運命が、ばらばらであることが分かる。
残ったもの
- 大槻:五十音順、発音・品詞・語釈の組み合わせ、日本語で日本語を説明する方法。辞書の骨格として、今も生きる。
- 新村:「キセル」はカンボジア語のクセル(管)、という結論は、ほぼ固まった。
- 折口:「いとほし」の意味の変化(もと「厭う」から)は、今も通用する説明。
- 金沢:物の名から動作の語が生まれる、という語形成の見方は、今も基本にある。
書き換えられた・否定されたもの
- 大槻:個々の語釈と語源の説明は、明治の知識水準を反映して、書き換えられた。
- 新村:「馬鹿」の趙高の故事は、俗説とされる。
決着していないもの
- 新村:「右と左」の語源は、諸説が併存する。新村の留保は、正確だった。
- 金沢:「ナ=目」は一つの説にとどまり、定説とは言えない。東西の「し」=風は、本居宣長以来の説として、今も紹介される。
- 折口:古代の語順の説や、冬の語源のような推測は、仮説として読むしかない。
証明されなかったもの
- 金沢:耳目鼻口と朝鮮語の対応、そして日韓同系論。規則的な音の対応が示されず、証明された定説にはならなかった。
何が、運命を分けたのか
判定記事を通して読むと、運命を分けたものは、次の三点に見える。ただし、これは、各特集の記述から、ToLが読み取った傾向であり、断定ではない。
一つは、証拠の種類と、言い切る範囲。 新村は、文献の証拠を並べ、言い切れないところは言い切らなかった。「右と左」の留保は、後から見て、正確だったとされる。
二つは、規則性が示されているか。 金沢の、朝鮮語との対応は、似た音を並べたもので、規則的な音の対応は示されなかった。これは、金沢の特集で、繰り返し確認した点である。
三つは、自分の推測の限界を、自分で断っているか。 折口は推測の限界を断り、金沢も、東西の民族移動説を、「まだ不完全」と断っている。断っているものは、後の時代に、仮説として、そのまま読まれやすい。
読むうえで、確かめておきたいこと
第一に、語源の「答え」の当否は、この特集群では、個々に確かめていない。 「現在の扱い」は、各判定記事の、一般に知られた整理である。個々の論文で、いま、どう扱われているかは、確かめていない。
第二に、語の筋には、大槻の辞書という、性質の違うものが含まれている。 辞書は、語源説を述べる書物ではなく、語の使い方を記述する道具である。他の三人と、同じ物差しでは、測れない。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 四つの確かめ方 | 辞書(大槻)/文献の証拠(新村)/他言語との比較(金沢)/暮らしと信仰(折口) |
| 運命 | 残った/書き換えられた/決着せず/証明されなかった |
| 分かれ目に見えるもの | 証拠と言い切る範囲、規則性、自分の推測の限界を断ること |
| 注意 | 語源説の当否は、個々に確かめていない。辞書は性質が違う |
一言でいえば——語の筋では、同じ「語源」という問いに、辞書、文献、比較、暮らしと信仰という四つの確かめ方があり、証拠の種類と言い切る範囲が、答えの運命を分けたように見える。