山田孝雄の特集では、「文はなぜ完結するのか」を問う、抽象度の高い文法理論を読んだ。この特集で読む橋本進吉(1882–1945、福井県敦賀の生まれ、東京帝国大学教授)は、その山田とは対照的に、耳で確かめられること、目で確かめられることだけを頼りに、日本語の二つの領域で決定的な仕事をした人物である。
二つの発見
橋本の名は、日本語学のなかで、まったく別々の二つの場所で登場する。
- 文節(ぶんせつ)——「花が 咲いた」のように、文を発音上の自然な切れ目で区切るという考え方。橋本の文法は、学校で習う国文法の土台になった。
- 上代特殊仮名遣(じょうだいとくしゅかなづかい)——奈良時代の文献では、現代の発音では同じ「き」「け」「こ」などになる仮名が、二種類の万葉仮名の集団にきっちり書き分けられているという発見。日本語の古い音の姿を、文字の使い分けから掘り起こす手がかりになった。
この特集の見取り図
この特集では、まず二つの発見を、専門用語をなるべく使わずに紹介する。文節とは何か(やさしい解説①)と、上代特殊仮名遣とは何か(やさしい解説②)である。続いて、原典に戻って、橋本自身の文章を読む。文節の土台となる「独立する語」と「附属する語」の区別を『新文典別記』で(原文精読①)、万葉仮名の二種類の使い分けの発見を『古代国語の音韻に就いて』で(原文精読②)読む。そのあと、二つの発見がその後の日本語学にどうつながったのか(遺産と影響)、そして現在の視点からの評価(判定)で締めくくる。
この特集の読みどころ
一つ、先に言っておきたいことがある。この特集で扱う二つの発見は、どちらも**「一人の天才が突然ひらめいた」という物語ではない。文節論は、山田孝雄の理論への対抗として、学校で教えられる文法として磨かれていった**ものである。上代特殊仮名遣は、橋本自身が冊子のなかで繰り返し述べているとおり、江戸時代の国学者・石塚龍麿が最初に気づいたことを、橋本が確かめ、体系化し、世に広めたものである。橋本の仕事の本質は、先人の観察を、確かな証拠で固め直すことにあった。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 誰が | 橋本進吉(1882–1945、東京帝国大学教授) |
| 代表作 | 『新文典別記』(1935)、『古代国語の音韻に就いて』(1942) |
| 二つの発見 | 文節(現代語の文の区切り方)と、上代特殊仮名遣(奈良時代の仮名の書き分け) |
| 方法の特徴 | 抽象的な理論よりも、発音の切れ目や、文字の使い分けという「確かめられる事実」を土台にする |
一言でいえば——橋本進吉は、日本語の現在と過去の両側で、「確かめられる事実」を積み上げることによって、日本語の姿を見えやすくした。