山田孝雄の思想は、この特集で読んだ一冊の大著だけにとどまらない。彼が作った用語が今日まで生き延びた道筋と、彼自身の体系そのものがたどった、少し違う運命——二つの糸をたどる。

「陳述」ということばは、今も現役

やさしい解説の記事で見た「陳述」という用語は、山田が作った専門用語のなかでも、もっとも広く定着したものの一つである。今日の日本語文法研究でも、文の述語部分が担う機能——事実の断定、判断、働きかけなど——を論じるとき、「陳述」ということばは、当然のように使われ続けている。もっとも、その中身については、後続の研究者によって、絶えず議論され、書き換えられてもきた。

時枝誠記による、内側からの反論

この特集群で別に扱う時枝誠記は、山田の「陳述」概念を高く評価しつつも、その仕組みの説明には正面から異を唱えた研究者である。山田は、思想を統一する「統覚作用」を、話し手の心のなかにある静的な働きとして説明した。これに対して時枝は、後年、言語を、話す・聞くという行為がそのつど生じさせる「過程」そのものとして捉え直す、独自の理論を打ち立てていく。同じ「陳述」ということばを使いながら、その中身をめぐる論争は、山田の次の世代にまで、長く受け継がれていくことになる。

生き延びたもの 「陳述」という用語 今も基本語彙として現役 道を譲ったもの 山田文法の体系そのもの 学校文法は橋本文法が採用 用語は生き延び、体系は次の世代に置き換わった
山田の遺産——生き延びた用語と、道を譲った体系。図:ToL

学校で教わっているのは、山田文法ではない

一方で、意外に知られていない事実がある。今日、日本の学校で教わる国文法——文を「文節」というまとまりに区切って読んでいく、あの方式——は、実は山田文法ではない。 これは、この特集群で次に扱う橋本進吉が確立した、まったく別の体系である。山田の理論が、統覚作用や陳述といった、いくぶん哲学的・心理学的な概念を軸にしていたのに対し、橋本の文節理論は、発音の切れ目という、より客観的で操作しやすい基準を軸にしていた。学校教育という現場では、こちらの方が採用されることになった。

これは、皮肉な巡り合わせでもある。山田は、江戸時代の全ての先行研究を批評しつくしたうえで、自分の体系を打ち立てた。しかし、その体系そのものは、次の世代の、より実用的な体系に取って代わられていった。用語(陳述)は生き延び、体系(山田文法そのもの)は次の世代に置き換わる——この特集群がこれまで読んできた、多くの学者たちの物語と、よく似た構図がここにもある。

まとめ

つながり内容
生き延びたもの「陳述」という用語——今も日本語文法学の基本語彙
内側からの反論時枝誠記が、同じ用語の中身をめぐって、独自の理論を対置した
道を譲ったもの学校文法の座は、山田文法ではなく橋本進吉の文節理論が占めた

一言でいえば——山田が鍛えた「陳述」ということばは生き延びたが、彼が組み立てた体系そのものは、次の世代の、より実用的な体系に道を譲った。