橋本進吉の特集で見たとおり、奈良時代の万葉仮名には、現代語では同じ「き」「け」「こ」などに聞こえる仮名が、甲類・乙類の二つのグループに、決して混ざらずに書き分けられていた。では、その二つの音は、何が違っていたのか。この記事では、有坂秀世らが到達した、有力な答えへの道筋を、順に追ってみる。

なお、この記事の内容は、日本語学の広く知られた事実として説明したものである。有坂自身の論文からの引用は含まない(その論文は、自由閲覧の形では公開されていない)。

まず、甲乙が現れる場所を並べてみる

橋本が示した、甲乙の書き分けがある仮名は、次の13である。

エ、キ、ケ、コ、ソ、ト、ノ、ヒ、ヘ、ミ、メ、ヨ、ロ

これを、五十音の「段」ごとに並べ直してみると、あることに気づく。

甲乙の書き分けがある仮名
イ段キ・ヒ・ミ
エ段ケ・ヘ・メ(「エ」は、ア行とヤ行の区別で、少し事情が異なる)
オ段コ・ソ・ト・ノ・ヨ・ロ
ア段(なし)
ウ段(なし)

甲乙の書き分けは、イ段・エ段・オ段の仮名にだけ現れ、ア段・ウ段の仮名には、一つも現れない。

「子音の違い」なら、こうはならない

もし、甲乙の違いが、「き」の頭の「k」という子音の違いだったとしたら、どうなるだろうか。「か」「く」の頭の「k」も、同じ子音のはずだから、「か」や「く」にも、甲乙があってよさそうである。ところが、実際には、「か」「く」には、書き分けがない。

一方、甲乙の書き分けがあるのは、「き」「け」「こ」のように、「い」「え」「お」の母音を持つ仮名だけである。この偏りを、いちばん素直に説明する考え方は、こうなる。甲乙の違いは、子音ではなく、母音の側にあった。

五つが、八つになる

現代の日本語の母音は、ア・イ・ウ・エ・オの五つである。甲乙の違いが、イ・エ・オの母音の側にあったとすると、奈良時代の日本語には、次のような母音があったことになる。

現代語の母音奈良時代の母音
ア(一つ)
イ(甲類)、イ(乙類)の二つ
ウ(一つ)
エ(甲類)、エ(乙類)の二つ
オ(甲類)、オ(乙類)の二つ

1+2+1+2+2=8。 これが、いわゆる「八母音説」である。乙類の母音は、記号では、ï(イ乙)、ë(エ乙)、ö(オ乙)のように書かれることが多い。

現代語 奈良時代 a i ï u e ë o ö 甲乙の違いがあるのはイ・エ・オだけ → 5 + 3 = 8 (破線が乙類)
五つの母音が、八つになる。図:ToL

ただし、「これで決まり」ではない

この八母音説は、有力な説だが、唯一の答えではない。甲乙の違いを、母音そのものの違いではなく、子音の違い(たとえば、口蓋化した子音とそうでない子音の違い)や、母音の前後の音の違いと見る説も、あわせて出されてきた。乙類の母音が、実際にはどんな音だったのか——たとえば、口の奥よりの、中舌的な音だったのか——は、現在も議論が続いている。ここで確かなのは、二つの系統が書き分けられていたという事実と、その違いがイ・エ・オの仲間にだけ現れるという偏りである。八母音説は、その事実を説明する、最も広く受け入れられている仮説の一つである。

次の記事では、この仮説を、さらに強く支える、語のなかの母音の組み合わせの法則を見る。

まとめ

論点内容
観察甲乙の書き分けは、イ段・エ段・オ段の仮名にだけ現れ、ア段・ウ段には現れない
推論頭の子音が違うのなら、ア段・ウ段にも現れるはず。だから、違いは母音の側にあった
八母音説イ・エ・オがそれぞれ甲乙に分かれ、母音は 5+3=8 になる
注意唯一の答えではなく、乙類の母音の音価は、現在も議論が続いている

一言でいえば——「き」「け」「こ」の仲間にだけ現れる書き分けは、二つの音の違いが、母音の側にあったことを示唆する。奈良時代の日本語の母音が八つあったとする説は、その偏りを説明する仮説として、広く受け入れられている。