前の記事では、音韻は、社会的な「規格」であり、約束事だという有坂秀世の考えを見た。この記事では、その約束事は、誰が、何のために作ったのかという問いへの、有坂の答えを読む。
論敵:トルベツコイ
『音韻論』の第一編で、有坂が、ソシュールと並んで、最も強く反論するのが、プラハ学派のトルベツコイである。トルベツコイは、言語の音の体系を、「話し手が、意味の違いを区別して伝えるという目的のために、作り出したもの」として捉える傾向があった。音の区別は、その目的に役立つから存在する、という発想である。
有坂は、この見方に、真っ向から異を唱える。
「使命」と「現実」は別物
有坂は、まず、音韻の体系には、確かに、「意味の違いを区別して表す」という**使命(理想)**がある、と認める。しかし、それは理想を述べただけで、現実の体系が、その理想にぴったり合うように、できているとは限らない、と続ける。現実の社会制度は、たいてい不完全であり、役に立たない、こまごまとした決まりも、いくらでも存在する。それと同じように、意味の区別に何の役にも立たない音の区別が、音韻の体系のなかに存在しても、少しもおかしくない、というのである。
では、その体系は、どこから来たのか。有坂は、こう述べる。
現在の音韻制度を作り出したものは、我々とは異なる環境の中に在つた所の我々の祖先である。我々は、既に出来上つた音韻制度を親たちから受けついだのである。
(現在の音韻制度を作り出したのは、私たちとは異なる環境のなかにいた、私たちの祖先である。私たちは、すでにできあがった音韻制度を、親たちから受け継いだのである。)
音韻の体系は、今の私たちの必要や欲求から生まれたものではない。遠い過去の、違う環境に生きた祖先たちの事情のなかで、形づくられた。私たちは、それを、生まれたときから、すでにできあがったものとして、親から受け取っているだけだ、というのである。
私の欲求とは、無関係に存在する
有坂は、さらに、こう述べる。
現実の社会制度たる音韻体系は、我々が何を欲しようとも、それとは無関係に、儼として我等の外に存在してゐる。
(現実の社会制度である音韻体系は、私たちが何を欲しようと、それとは無関係に、厳然として、私たちの外に存在している。)
ここで、有坂は、音韻の体系を、**私たちの外に、厳然と存在する「客体」**として捉える。私が、「この音の区別は要らない」と思っても、あるいは、「新しい音の区別が欲しい」と思っても、それで、日本語の音韻体系が変わるわけではない。それは、私の欲求とは関係なく、そこにある。
お菓子のたとえ
有坂は、これを、次のような、身近なたとえで説明する。音韻の体系が、私たちの生活のために存在することは疑いない。しかし、その体系が、現実に存在していること自体は、私たちの欲求とは無関係な、客観的な事実だ、と。それは、あたかも、私に食べ物として与えられた、お菓子のようなものだ、と有坂は言う。私が、そのお菓子を、食べたくてたまらないとしても、お菓子が、そこに、そのように存在することは、お菓子自身の勝手である。それが、黒いお菓子であることも、甘いお菓子であることも、お菓子自身の勝手であって、私の欲望が、お菓子を生み出したわけではない。
私が、そのお菓子を食べて、気に入ったとしても、それは、お菓子の味が、たまたま、私の欲望と合致したにすぎない。音韻の体系が、私たちの欲求に合っているように見えることがあっても、それは、偶然の一致にすぎない——これが、有坂の言いたいことである。
「機能」だけを叫ぶ人たちへの批判
この見方から、有坂は、プラハ学派の主張を、こう批判する。『音韻論』の第二編(130頁)には、次のような一節がある。
Prag 派の学者たちは、この点を忘却してゐる。ただ徒らに機能々々と絶叫するのみで、音韻体系が伝統的社会制度たる所以を忘却してゐる所から、彼等のすべての誤が生じて来るのである。
(プラハ学派の学者たちは、この点を忘れている。ただやたらに「機能、機能」と叫ぶばかりで、音韻体系が、伝統的な社会制度であるゆえんを忘れているところから、彼らのすべての誤りが生じてくるのである。)
かなり手厳しい批判である。プラハ学派は、音の区別の「機能」(意味を区別する働き)を強調するあまり、音韻の体系が、祖先から受け継がれてきた、伝統的な制度であるという、もう一つの側面を忘れている、と有坂は言うのである。
ToL の補足:橋本進吉の「甲乙」との関係
この考え方は、この特集の前半で見た、奈良時代の甲乙の区別を考えるうえでも、示唆に富む。奈良時代の人々は、二つの母音を、実際に区別して使い分けていた。その区別は、後の時代に、失われていった。有坂の見方に立てば、その区別は、その時代の話し手が、意味を区別するために「作った」ものではなく、さらに古い時代から受け継がれた制度であり、やがて、歴史のなかで、崩れて消えた、ということになる。音韻の体系は、話し手の必要に合わせて、いつも最適に組み替えられるものではなく、歴史の産物として、そこにあるのである。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 有坂の論敵 | 音韻の体系を、今の話し手の目的から作られたものとして捉える傾向のあるトルベツコイ(プラハ学派) |
| 「使命」と「現実」 | 意味を区別するのは体系の理想であって、現実の体系は、役に立たない区別も含みうる |
| 音韻体系の由来 | 祖先が作り、私たちは親から受け継いだ。私たちの欲求とは無関係に、外に存在する |
| お菓子のたとえ | 体系は、私に与えられたお菓子のように、私の欲望とは無関係にそこにある |
| プラハ学派への批判 | 「機能」を叫ぶばかりで、音韻体系が伝統的社会制度であることを忘れている |
一言でいえば——有坂秀世にとって、日本語の音の体系は、私たちが必要に応じて作ったものではなかった。遠い祖先が作り、私たちが、お菓子のように、すでにできあがったものとして受け取ったものだった。