反響と系譜で見たとおり、ジョーンズの直観は、ボップ・ラスク・グリムの手で検証可能な法則へと鍛え上げられた。では、ジョーンズが実際に個別に示した予測は、それぞれどうなったのか。この記事では、言語に関する彼の主張を一つずつ取り出し、二百年以上のちの言語学がどんな判定を下したかを見ていく。

核となる三言語——確定

サンスクリット語・ギリシア語・ラテン語が共通の祖先を持つ、という中心の主張は、その後の比較言語学によって繰り返し検証され、揺らいでいない。三つとも、インド・ヨーロッパ語族という大きな家系の中で、それぞれ「インド・イラン語派」「ギリシア語派」「イタリック語派」に位置づけられる。ジョーンズが根拠にした「動詞の語根と文法形式の一致」は、のちにグリムの法則をはじめとする、具体的で検証可能な音韻対応の規則によって裏づけられた。

ゴート語とケルト語——確定、ただしケルト語は一悶着あった

ゴート語(ゲルマン語派)がこの家系に属するという予測も、確定している。ケルト語についても最終的には確定したが、こちらの道のりは少し曲がっている。19世紀前半、ケルト語がインド・ヨーロッパ語族に属するかどうかは、実は言語学者のあいだで議論の的だった——ケルト語の語彙や文法が、他のインド・ヨーロッパ語族の言語とは見た目にかなり違って見えたからだ。1830年代から40年代にかけて、フランツ・ボップ自身を含む学者たちが、ケルト語の内部構造を比較法で丁寧に検証し、ようやく確定させた。ジョーンズの「おそらく同じ起源だろう」という直観は正しかったが、それが証明されるまでには、彼の予測から半世紀以上を要している。

古代ペルシア語——確定

古代ペルシア語も、インド・イラン語派の一員として確定している。この確定を後押ししたのは、まったく別の分野の進展だった——19世紀初頭、ゲオルク・フリードリヒ・グローテフェントらの手で、ペルシアの楔形文字が解読され、古代ペルシア語の実際の姿が読めるようになったのだ。ジョーンズが講演の時点でまだ十分に知りえなかった言語の中身が、文字の解読という、彼の予測とは独立の道筋から裏づけられたことになる。

サンスクリット・ギリシア語・ラテン語 確定 ゴート語(ゲルマン語派) 確定 ケルト語 確定(証明までに半世紀以上) 古代ペルシア語 確定(楔形文字解読が後押し) 中国語とチベット語の音韻対応 部分的に支持(根拠は不十分だった) 文字の共通起源(ナーガリー等) 否定 塗りつぶし=確定した予測  枠のみ=一部支持または否定された予測
ジョーンズの語族仮説、一つずつの検証結果。図:ToL

中国語とチベット語——正しかったが、理由は薄かった

概要記事で見た、中国語とチベットの音の並び方の対応という指摘はどうか。現在の言語学では、中国語(シナ語派)とチベット・ビルマ諸語を合わせて「シナ・チベット語族」として扱う立場が広く受け入れられている——その意味で、ジョーンズの直観はここでも当たっていたことになる。ただし、この語族の確立を支えたのは、ジョーンズが挙げた「音の並び方」という根拠そのものではなく、のちの研究者たちが積み上げた、基礎語彙や形態の系統的な比較だった。当たった予測ではあるが、サンスクリット・ギリシア語・ラテン語の場合ほど、彼自身の論証がしっかり支えていたわけではない。

文字の共通起源——否定

前の記事で見たとおり、ナーガリー文字・カルデア(ヘブライ)文字・アラビア文字・フェニキア文字が同じ祖型に由来するという主張は、現代の文字学では支持されていない。ジョーンズはここで、言語の議論で使ったような具体的な根拠(動詞の語根、文法形式)ではなく、文字の見た目の類似という、もっと弱い根拠に頼っていた。

何が違いを分けたか

こうして並べてみると、はっきりした傾向が見えてくる。検証可能な、具体的な根拠(動詞の語根、文法の形式、のちには規則的な音韻対応)に支えられた予測は、時の試練に耐えた。印象や見た目の類似にとどまった予測——文字の形、そして前の記事で見た神話・宗教の対応——は、当たることもあったが、それは検証の結果というより、いわば偶然に近かった。ジョーンズ自身が言語の議論で示した「借用では届かない層に注目せよ」という方法上の教訓は、皮肉にも、彼自身がその教訓を破った場面でこそ、その正しさが裏づけられている。

まとめ

予測現代の判定決め手になったもの
サンスクリット・ギリシア語・ラテン語確定動詞の語根・文法形式、のちの規則的な音韻対応
ゴート語(ゲルマン語派)確定同上
ケルト語確定(証明は半世紀以上あと)1830〜40年代の比較法による内部検証
古代ペルシア語確定楔形文字の解読(19世紀初頭)
中国語・チベット語の対応部分的に支持のちの基礎語彙・形態比較(ジョーンズの根拠そのものではない)
文字の共通起源否定現代文字学の系統研究

一言でいえば——同じ一人の書き手が、同じ講演の中で出した予測が、これほど違う運命をたどった。分かれ目にあったのは、直観の鋭さそのものよりも、その直観をどれだけ検証可能な根拠で支えられたかだった。