この特集では、概要から始まり、法則の中身、原文の精読、例外の解決、そして遺産の広がりまでを見てきた。最後に、1822年のあの表を、二百年のちの言語学の視点から採点してみよう。
「何が対応するか」——ほぼ揺るがない
ギリシア語・ラテン語などの無声閉鎖音がゲルマン語派で無声摩擦音になり、有声閉鎖音が無声閉鎖音になり、有声帯気音が有声音になる——この対応関係そのものは、その後二百年におよぶ検証にもかかわらず、揺らいでいない。ゲルマン諸語のほぼすべての基礎語彙がこの対応で説明でき、前の記事で見たヴェルナーの法則が、残っていた例外にもきちんと理由があることを示した。言語学の教科書で今も「グリムの法則」が最初に教えられる音韻法則の一つであり続けているのは、この土台がそれだけ堅牢だからである。
「なぜそうなったか」——実はまだ論争中
一方で、見過ごされがちな点がある。グリム自身は、この推移がなぜ起きたのかについて、ほとんど何も述べていない。彼が示したのはあくまで対応表——「こう変わった」という記述であって、「こう変わった理由」の説明ではなかった。この空白は、実は現在に至るまで完全には埋まっていない。20世紀後半になって、一部の言語学者は「伝統的な再構成そのものが誤っているのではないか」という、もっと根本的な疑問を提起した——いわゆる「声門理論」(glottalic theory)である。この立場によれば、印欧祖語の「有声閉鎖音」とされてきた音は、実際には声門化音(息の詰まった特殊な子音)だった可能性があり、そう考えるとグリムの推移とヴェルナーの例外の両方を、より自然な音声学的プロセスとして説明できるという。この理論はいまも少数派にとどまっているが、「何が対応するか」への答えが確定して久しいのに対し、「なぜそう変化したか」への答えは、いまだ一つに定まっていないという事実は、覚えておく価値がある。
ジョーンズへの回答
この特集は、もともとウィリアム・ジョーンズ特集のある記事に埋め込まれた一つの約束——「グリムはこのサイトの次の特集記事で、あらためて詳しく取り上げる予定である」——を果たすために書かれた。ジョーンズが1786年に示した「偶然ではありえない類似」という直観は、ボップの比較表、ラスクの規則性の発見を経て、グリムの手で検証可能な体系にまで鍛え上げられた。そしてその体系自体もまた、ヴェルナーによって鍛え直され、グラスマンによって他の語族にまで広げられ、最終的にはソシュールが「歴史ではなく体系として言語を見る」というまったく別の問いへ踏み出す足場にもなった。一人の判事の一段落から、一人の文献学者の一枚の表へ、そしてそこからさらに次の世代へ——言語学という学問は、こうして一つずつ手渡されながら育ってきた。
まとめ
| 論点 | 現代の評価 |
|---|---|
| 子音の対応関係そのもの | 確定。ゲルマン諸語の基礎語彙でほぼ例外なく成立する |
| 「例外」とされた事例 | ヴェルナーの法則により、これも規則的な現象だと判明 |
| 変化がなぜ起きたか(因果の説明) | 今も論争中。声門理論など複数の立場が併存する |
| 学問への貢献 | 音の変化を検証可能な規則として扱う、比較言語学の方法論的な出発点 |
一言でいえば——グリムが1822年に示した表は、「何が変わったか」についてはほぼ完璧に的中し、二百年の検証に耐えた。だが「なぜ変わったか」という、もう一段深い問いは、今なお開かれたままだ。確かなことと、まだわからないことを、正直に分けて示す——この特集の締めくくりとして、これほどグリム自身の姿勢にふさわしい結論はないだろう。