大槻文彦
文部省に「国語の辞書を作れ」とだけ命じられた一人の国学者。手本のないところから、五十音順・発音表記・品詞分類・日本語による語釈という、近代国語辞典の骨格そのものを設計する。『言海』(1889–1891) を読む、「近代古典の国語」はじめの一人。
大槻文彦『言海』(1889–1891) を読む——日本に「近代的な国語辞典」がなかった時代
文部省に呼び出された一人の若い国学者が、「国語の辞書を作れ」とだけ命じられる。手本もなく、参考にできる先例もほとんどない。そこから14年、日本初の近代的国語辞典が生まれるまでの物語。
「あ・い・う・え・お」順に並べる、というアイデア
今の辞書を引くとき、私たちは当たり前のように「あ行」から探す。しかし、この「当たり前」は、決して最初からあったわけではない。江戸時代までの語彙集は、まったく違う原理で並んでいた。
日本語を、日本語で説明する——あまりに当たり前で、気づかれない発明
「犬」という単語を、あなたならどう説明するだろうか。漢字を教えるのではなく、単語の意味そのものを、別のことばで言い換える——この当たり前に見える作業を、『言海』は日本語の辞書で初めて本格的にやってのけた。
精読——「此書ハ日本普通語ノ辭書ナリ」——大槻文彦、自らの方針を語る
何を収め、何を収めないか。発音をどう区別し、品詞をどう示すか——大槻文彦は、『言海』の凡例「本書編纂ノ大意」で、当時まだ誰も体系立てていなかった設計方針を、自分の言葉で一つひとつ説明していく。原文で読む。
系譜——国家の事業として始まった辞書、そして「大槻文彦一人」の仕事
文部省編輯局長・西村茂樹は、序文の最後にこう書き残した——「本篇、編輯の事に任じたる者は、大槻文彦一人」。国家が命じた事業を、たった一人で背負いきった、という事実。そして、この仕事は、のちにどう引き継がれたか。
系譜——『言海』の骨格は、なぜ今もすべての国語辞典に残っているのか
『広辞苑』も『大辞林』も、五十音順に単語を並べ、品詞を示し、日本語で語釈を与える。この当たり前の骨格は、すべて『言海』に由来する。一冊の辞書が、なぜ130年以上にわたって「型」であり続けているのか。
判定——『言海』は、130年以上のちの視点からどう見えるか
五十音順、発音表記、品詞分類、日本語による語釈——『言海』が築いた骨格は、今も生きている。だが、そこに収められた個々の語釈には、明治という時代の限界も、当然刻まれている。手本のないところから始まった仕事を、130年以上のちの視点から採点する。