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折口信夫の肖像(1940年ごろ)

折口信夫

「いとほし」は、もと「嫌だ」だった。「ハイカラ」は、もと悪口だった。「言霊の幸ふ国」は、言葉をほめた言葉ではなかった。民俗学者・折口信夫が、日本語を、古代の人の暮らしと信仰から読み直す。「国語と民俗学」(1937) と「語根論の断簡」(1931) を読む。

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折口信夫を読む——言葉を、古代の人の暮らしと信仰から読み直した人

「いとほし」は、もと「嫌だ」の意味だった。「ハイカラ」は、もと悪口だった。折口信夫(1887–1953)は、民俗学者・歌人として知られるが、日本語そのものについても、独特の視点で語り続けた。講演「国語と民俗学」(1937)と論文「語根論の断簡」(1931)を読む。

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「いとほし」は、もと「嫌だ」だった——「いとしい」に化けるまで

「おいとしい」は、かわいくて大切に思う気持ち。ところが、その元になった古語「いとほし」は、もとは「嫌だ」を意味していたらしい。折口信夫が、別の言葉に引っぱられて意味が変わる仕組みを、この一語で説明する。

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「ハイカラ」は、もと悪口だった——「高襟」と「灰殻」の話

今の「ハイカラ」は、おしゃれで新しい、という褒め言葉。ところが、折口信夫の講演によれば、この言葉は、もと新聞記者が、洋行帰りの人を馬鹿にして付けた悪口だった。褒め言葉に変わった経緯を、折口の語りで追う。

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古代の複合語は、順番が逆だった?——「梯(はしだて)」「傍丘(かたおか)」「下沓(したうづ)」

「高い山」は、修飾する「高い」が先に来る。ところが、折口信夫は、古代の日本語には、名詞が先で、修飾する部分が後ろに来る複合語があった、と論じる。「橋」が垂直のものも指した、という話とあわせて、その見方を追う。

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精読——「言霊の幸ふ国」は、言葉をほめた言葉ではなかった

「言霊の幸ふ国」は、日本語の美しさをたたえる言葉だと、よく言われる。折口信夫は、講演「国語と民俗学」(1937)で、それは後世の誤解だと述べる。もとは、言葉に宿る精霊への信仰だった。原文で、その論の運びを読む。

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精読——「単なる音韻変化ではない」——酒が「さか」になり、木が「こ」になる理由

「酒」が「酒樽」では「さかだる」になる。「木」が「黄金(こがね)」では「こ」になる。これを、折口信夫は、「単なる音韻変化ではない」と言う。論文「熟語構成法から観察した語根論の断簡」(1931) を、原文で読む。

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遺産と判定——観察は残り、推測は仮説として読む

「いとほし」の意味の変化は、今も通用する説明。「酒→さか」の現象は、後の研究者が別の言葉で整理した。一方、古代の語順の説や、冬の語源のような推測は、仮説として読むしかない。折口信夫の言葉の話を、確かなものと推測に分けて採点する。

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