概説記事で触れた「言霊(ことだま)」を、ここでは、折口信夫自身の文章で確かめる。講演「国語と民俗学」の「二 言語伝承」の節である。(以下、引用の現代語訳は ToL による。)
言葉なしには、考えられない
折口は、この節を、言葉の役割の話から始める。言葉は、お蕎麦を作るときの「つなぎ」のようなものだ、と言う。思想を保管するための機関にすぎないが、その機関がなければ、思想は、つなぎを失った蕎麦粉のように、どこへ飛んでいくかわからない。しかも、言葉には、後の世に思想を伝えることのほかに、いま、物を集中して考えるという、もっと高い役割がある。私たちは、言葉なしでは、物を考えられない——それが、折口の出発点である。
だから、言葉には精霊がある
そこから、折口は、次のように進む。
言葉に精霊があり、それが不思議な作用をすることを、さきはふ或はさちはふと申してをります。
(言葉に精霊があり、その精霊が不思議な働きをすることを、「さきはふ」あるいは「さちはふ」と言っているのです。)
折口の説明では、古代の人は、言葉には、魂があると考えた。私たちの周りの物が、魂を持っているのと同じように、手に握れず、目にも見えないけれど、自分の口を動かしている言葉にも、精霊がひそんでいる、という考え方である。それを、言霊と呼んだ。
では、その精霊が「さきはふ」とは、どういうことか。
つまり、言葉の持つて居る意義通りの結果が、そこへ現れて来ると言ふ事が、言霊の幸ふと言ふ事です。
(つまり、言葉が持っている意味のとおりの結果が、そこに現れてくること、それが「言霊が幸ふ」ということです。)
ここが、この節の核心である。言霊の幸ふ国とは、言葉で言ったことが、その言葉のとおりに、現実になる国、という意味だった。日本語が美しいから、という話ではない。
この言葉は、そう古くない
さらに折口は、この言葉が、いつごろのものかを、言葉の形から見て、確かめようとする。
言霊の幸ふと言ふ言葉は、言葉の形から見れば新しい形です。
(「言霊の幸ふ」という言葉は、言葉の形から見れば、新しい形です。)
折口によれば、この言い方は、『万葉集』の歌が、世間で歌われていた時代のものである。奈良時代より、それほど古くまで遡る言葉とは思えない。ただし、折口は、そこで話を止めない。言霊が不思議な働きをする、という信仰そのものが、それ以前になかったかといえば、全然なかったとは言い切れない。ただ、「言霊の幸ふ」という言葉によって、はっきり区切れる形の信仰は、奈良時代の前、それほど遠くない時代に、固まったのだろう、と述べる。ここでも、折口は、言い切れる範囲を、慎重に区切っている。
後の時代の、誤解
そして、折口は、この言葉が、後の時代に、まったく違う意味に読み替えられたことを指摘する。
さうした学者の誤解が、ずつと後になつて、起つて来たのだと思ひます。
(そうした学者の誤解が、ずっと後になって起こってきたのだと思います。)
折口は、ある時代の学者たちが、「言霊のさきはふ国」を、日本は、霊妙不可思議な言葉が行われている国だと解釈し、さらに、日本の言葉のすぐれて美しいことを、ほめたたえる言葉だと解釈した、と説明する。そして、そう解釈した人たちは、だから日本には、すばらしい歌謡が盛んに起こったのだ、と考えた。しかし、折口の見るところ、それは、後世の学者の誤解だった。
この箇所から分かること
この一節は、折口の方法の、いちばんはっきりした見本である。折口は、言葉の意味を、その言葉を使った人々の信仰と暮らしのなかに置き直すことで、後世の読み替えが、どこで起こったかを見つけ出す。同時に、「いつごろの言葉か」という問いには、言葉の形という、確かめられる手がかりを使い、そこから先は、「全然なかったとは言い切れない」と、断定を避けている。
なお、折口の説明が、現在の研究でどう扱われているかは、判定の記事で整理する。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 出発点 | 言葉なしには物を考えられない。だから、古代の人は言葉に精霊があると考えた |
| 言霊の幸ふ | 言葉の意味どおりの結果が、現実に現れること |
| 言葉の古さ | 「言霊の幸ふ」という言い方は、万葉のころの新しい形。ただし、信仰そのものはそれ以前にもあったかもしれない |
| 後世の読み替え | 日本語の美しさをほめる言葉とする解釈は、後世の学者の誤解 |
| 折口の方法 | 言葉を、信仰と暮らしに置き直す。言い切れる範囲を区切る |
一言でいえば——「言霊の幸ふ国」は、もと、言ったとおりのことが現れる、という言葉への信仰の言葉だった。それを、日本語の美しさの自慢と読むのは、後世の誤解だ、と折口信夫は述べた。